第四十二話 アシュベルとルーシィ②
前線から直接店に寄った俺は、馬に薬の類を載せていたことを思い出した。傷の治りを助ける薬湯があったはずだ。厩に荷物を取りに行き、風呂場の扉を叩く。
「ルーシィ、入っても良いか?傷に効く薬湯があるんだ」
水の音はするが、返事はない。聞こえないのかと思い少し扉を開けると、ルーシィは水を浴びながら風呂場にしゃがみ込んでいた。
「おい、大丈夫か!?」
思わず抱き起せば、ルーシィは泣いていた。
「…大丈夫、久々に…ちょっと堪えちゃっただけ」
「傷が火照るのか?そんなに長く水を浴びると冷え過ぎるぞ。浴槽に湯を溜めよう。この薬湯は効くんだ」
「こんな傷だらけで…見苦しいよね」
「んな訳ないだろ。俺の方が傷だらけだよ、知ってるだろ」
「…でも、旦那は騎士だし」
「まぁな…でも、お前だって同じだろ。その傷は戦って出来たもんだろ」
俺は服を脱いだ。魔獣と戦って出来た傷が全身にある。
「俺とお前の傷の、何が違うって言うんだ。同じだよ。よく頑張ったな」
裸で抱き合えば、ルーシィの体は冷え切っていた。湯を溜めながら薬湯を入れ、ルーシィを抱えて浴槽に入る。俺にしがみつくルーシィを愛おしく思う。
「…怖かった…殺されるんじゃないかと思って」
「ごめんな、もっと早く助けたかった」
「…ねぇ、旦那。今日は何もしないの?」
「しないよ。傷が痛むだろ」
「構わないから、して欲しい。怖かった事、全部忘れたいの」
そんな事を言われれば、鼓動が早くなる。ルーシィとは何度も寝た仲だと言うのに。
「お願い…こんな腫れた顔、見たくないかも知れないけど」
「気にすんなって言ってるだろ」
涙を指で拭い、口付け、横抱きにして湯から出る。濡れた体は軽めの炎の魔法で乾かし、そのまま寝台に倒れ込めば、後はもう求め合うだけだった。
ぬるくなった湯を温め直し一緒に入った後、傷の手当をしながらふと思った。
「…やっぱり、俺とお前は違うよな。女の身で傷が残るなんて嫌だよな。ごめんな」
白く柔らかいルーシィの肌。傷が残らないようにと、丁寧に薬を塗る。ルーシィは俺の顔を見て、ぷっと笑った。
「旦那、今日は謝ってばっかりね。そんな、捨てられた犬みたいな顔しないで」
「犬って…」
「辺境じゃ、傷も女の勲章とか言うんでしょ」
「そうだな。魔獣から子供を庇って傷を負う母親も少なくない。女の傷は、誰かを守って負ったものがほとんどだ。ルーシィ、お前もそうだろ?仲間を守ったんだろ」
「私も前に守られたから…」
「良い仲間だな」
「…うん、もうすぐお別れだけど」
…そうだった。ルーシィはもうすぐ年季明けだ。だから会いに来たのだった。
近所の食堂に酒と軽食の出前を頼むと、「あの破落戸を追っ払ったお礼」と、女将が果物をサービスしてくれた。この辺で悪さをしていたらしい。全く、治安部隊は何やってんだ。厳しく詰めてやる必要がある。俺は酒を勢い良く飲み干し、今日こそ言おうと決めていたことを口にした。
「…あのさ、年季が明けたら俺のとこに来ないか?」
「え?」
「誰か…約束してる情夫がいるか?」
「い、いないよ、そんなの…」
「じゃあ、考えてくれないか?俺とずっと一緒にいて欲しいんだ…好きなんだ、お前のことが」
「…でも、あたし平民だし…旦那が辺境伯様の御子息なんて、知らなかったし」
「家名は言ってなかったもんな」
タナトス家の子息と言っても、俺個人は一代限りの騎士爵だ。兄が四人いるから継ぐべき爵位もない。
「ずっと、ただの客で良いと思ってた。けど、年季明けが近付いて、もう会えなくなるのが嫌だと思った。いつの間にか好きになってたんだ。…なぁ、どうなんだ?お前にとって、俺はただの客か?それなら諦めるよ」
「…好き」
「え?もう一回言って」
「あたしも好き。ずっと好きだったの。仕事で嫌なことがあっても、旦那がまた来てくれると思えば全部忘れて頑張れたわ。…でも、あたし平民だし娼婦だし…旦那は貴族様だから絶対叶わないって思ってた…あたしで良いの?」
「ルーシィが良いんだ」
「アリシア様よりも?」
「アリシアよりも。アリシアは今でも親友だと思ってるけど、俺にとって三番以下だよ。一番はルーシィ」
「二番は誰なの?」
「二番は俺とお前の子供達」
「こ、子供達って…気が早過ぎる」
「でも、良いだろ?」
「…良いよ」
ルーシィは腫れた顔で笑った。最高に可愛い笑顔だった。




