第四十話 復学と国家試験
オーグスを訪れたセドリック達は、赤子のいる家や治療院、助産院などを探しているようだった。産月は知られているので、当然とも言えた。身重の体で移動出来る範囲を考えれば、近隣領を重点的に探すのも頷けた。赤子がいれば、すぐに隠れることも移動することも難しい。神殿に身を寄せる女性達は、町に出た際にさりげなくセドリック達の動向を観察して伝えてくれた。セドリック達は、オーグスに数日間滞在し、探し尽くしたのか別の町へと向かったようだ。
その後は穏やかな日々が続いた。授乳や睡眠の間には薬学の本を読み込み、神殿の手伝いをして過ごし、毎日、夫婦神に祈りを捧げた。レグルスは大勢に囲まれて元気に育っており、礼拝に来た町の人達からも可愛がられた。離乳食も喜んで食べ、もうそろそろ量を増やしても良さそうな月齢となり、アリシアは復学の時期を考え始めた。氷の魔法を使える神徒がいるため、母乳を凍らせておくことも出来る。三食の量が増えれば、授乳の回数も減るだろう。幸い、学校に行っている間の保育は神殿の女性達が買って出てくれた。
たくさんの人々に助けられて、子供を育てられることに、感謝してもしきれない。アリシアは、この恩を返すためにも来年の夏までには資格を取りたいと自主学習に励んだ。
「レグルスは私達に任せて、リーシュはもう復学しても良いんじゃない?」
「子育ての合間にも勉強を頑張っているし、単位さえ取れれば試験を受けられるでしょう?冬の試験にも合格出来るかも知れないわよ」
「気を使わなくて良いわよ。レグルスの面倒を見るのは、おばさん達の楽しみなんだから」
「お言葉に甘えても良いのでしょうか…」
「むしろ甘えて欲しいのよ。ねぇ〜レグルス、おばちゃん達と仲良く遊べるもんね」
「お利口さんねぇ〜」
神殿内には女性達の笑い声が響いた。レグルスはもう間もなく一歳となる。乳歯も数本生え、よろよろと立っては尻餅をついている。
尻餅をついても痛くないようにと、縫い物が得意な女性が尻当てのようなものを作ってくれたので、レグルスのお尻はもこもこだ。頭をぶつけないようにか、綿入れのような帽子を被せられている時もある。微笑ましいが、季節は夏だ。流石に暑いだろう。髪と瞳の色は違うが、レグルスはルーセントに似てきたと思う。セドリックに見咎められなかったことは幸運だった。もし今セドリックが現れたら、疑われてしまうかも知れない。ルーセントに再会したのも、一歳を過ぎた頃だった。よちよち歩きで腕の中に納まってくれたことを思い出す。それからは怒涛の日々だった。初めて離れを抜け出し、ザドキエル先生に会い、隠密の魔法を知り…そして、真実を知った。レグルスを身籠ったと知った時は、喜びよりも裏切られた悲しみの方が大きく混乱した。それから……ヴィンセントと影…リヒト…レグルスの父親かも知れない男性…離れの侍女達、衛兵達は酷い目にあっていないだろうか。アリシアは目を瞑り深呼吸をした。一度しか見ていないけれど、アナベル様はルーセントを可愛がってくれていたわ…それだけが救いだわ…ルーセントの無事を信じて、今やれることをやらないと…アリシアはレグルスの一歳の誕生日を区切りに復学することにした。
学友達は、アリシアの復学を歓迎してくれた。流石に取得単位数では遅れをとっているが、その分、分かりにくいところを尋ねれば親切に教えてくれた。別学科のエラも、所作や言葉遣いが優雅になり、笑顔も大人びてきたように見える。年明けすぐの卒業試験に合格すれば、一足先に卒業し、いずれかの貴族家で奉公することになるだろう。見目も良く明るい性格だ。高位貴族家は難しくとも、下位貴族家ならば問題なく勤められるだろう。
一年間の休学期間は、やはり大きかったようだ。出来る限りの単位は取得していたが、冬の試験までには必修科目の単位が足りなかった。アリシアは、来年夏の薬師試験合格を目指すことにした。薬学科に同期入学した学友達のうち二人が、冬の試験に合格し卒業した。羨ましくもあり、励みにもなった。
神殿に身を寄せる女性達も移り変わっていった。新しい生活を始めるために旅立つ人もいれば、新たに神殿を頼り訪れる人もいた。お互い寄り添い助け合う生活は変わらなかった。神殿を出た女性達や、他領の男爵家に勤めているエラやザドキエル先生からも時々手紙が届き、離れても忘れずに応援してくれていることに涙が溢れた。
レグルスが二歳を迎える頃、必要単位を全て取得したアリシアは、薬師の国家試験に臨んだ。




