第三十七話 オーグス薬学専門学校
平民向けの薬学専門学校は試験が終わればすぐに入学となる。平民は貴族と違い、資格の取得が収入に直結するため、前期、後期の年に二回の入試と卒業、資格取得試験が設けられている。アリシアは冬の入試と入学なので前期生だ。出産は夏の予定なので、それまでに出来る限りの学科を修めてから休学したい。
真新しい制服に身を包み、入学の日を迎えたアリシアは、学生証に記されたリーシュ・ザドキエルの名を指でなぞる。
…ありがとう、リーシュさん…お名前をお借りします…
フローリアをはじめとする神徒達や、神殿に間借りしている女性達に激励されながら、アリシアは緊張の面持ちで登校した。
薬学を学ぶ平民は意外と少なく、今回は六人だそうだ。だが、併設されている他の職業訓練校にはそれなりの学生が通っているようだ。
「あなたは何科?」
入学式で隣に座った娘に声を掛けられる。
「私は薬学科よ。あなたは?」
「私は家政科なの。あなたって所作がとても綺麗ね。私は貴族様のお屋敷でも働けるくらいの礼儀作法を身に付けたいのだけど、あなたは経験があるの?」
アリシアは田舎の下位貴族とはいえ令嬢だ。平民よりも所作が洗練されていたのだろう。迂闊だった。神に仕える神徒達も優雅な所作だったが、これから平民に紛れて生活するのだ。認識を改めなければなるまい。
「ええ、少しの間貴族様のお屋敷で働いていたことがあるわ。今は神殿にお世話になっているから、そのお陰かも知れないわ」
「そうなんだ。神殿に…苦労してるのね…」
神殿に身を寄せる女性は大抵訳ありだ。娘は少し気まずそうな顔をして、それ以上は詮索されなかった。
「私はリーシュよ。あなたのお名前を聞いても良いかしら」
「エラよ。学科は違うけど、よろしくね」
「此方こそよろしくね」
エラはアリシアよりも歳下と思われた。妹のオリアナを思い出す。リーシュはアリシアの実年齢よりも二つ上なので、うっかり実際の年齢を口にしないよう気を付けなければ。
入学式を終えた後は、それぞれの教室で同期生達や先生方と自己紹介を交わし、今後の説明を受けた。薬学科は専門分野の必修科目に加え、全学科共通の選択科目を三年以内に指定された単位数を取得すると、国家試験の受験資格が得られる。優秀な人は二年掛からず資格を得るようだ。魔力の高い貴族が学ぶ薬学に比べれば難易度は低いものの、平民が取得出来る資格の中では信頼度も高く安定した収入に繋がる。アルメニア王国の平民達は他国に比べ識字率が高いと言われているが、学校に通えない者達も多い。薬茶は比較的安価に手に入れられるので、平民達にとって薬師は有難い存在だった。
…あの植物図鑑に載っていた薬草が多いわ。事前に知識を得られていて良かった…
配布された教科書や図表などに記載されている植物には、見覚えのあるものが多かった。興味深く頁を捲っていると目に付いたのは、あの草の実だ。
…娼婦の耳飾り…
小さな赤い実は、娼婦達には有難い薬として重宝されているようだ。それもそうだ。娼婦達にとって妊娠は死活問題だ。絶対に避けるべき事態だろう。
そうか、薬が必要なのは病に冒された人達だけじゃないのね…
アリシアは平民達の暮らしを知らない。辺境は厳しい環境だが、それでも衣食住に困ったことはなく、知識を学ぶ環境があり、病を得れば治療を受けることが出来た。
…誰かの役に立てることがきっとあるわ…頑張ろう
そっと、お腹を撫でる。まだ目立たず、胎動もない。まずは、この子をしっかり産み育てなければ…教科書を胸に抱き神殿へと歩くアリシアの目は、真っ直ぐに前を見ていた。




