アリシアの葬儀・ヴィンセント
明日は、母上がルーセントを連れて離れに行くという。ルーセントは影と接したことがないため、同席するよう指示された。
…アリシアが懐妊してから、二年近く会っていない。フィデール領から伴ったばぁやは母上の命令で帰郷させられ、彼女は頼る人もいない中一人で悪阻を耐え、陣痛を耐え、ルーセントを産んだ。…私の子を産んだ。アナベルが出産する際、苦痛に耐える様を見ながらただ手を握り励ますことしか出来なかった。…アリシアが臨月の時、ちょうど領地の視察があったため影も付き添っていないはずだ。アリシアは一人だったのだ。そして産んだばかりのルーセントを奪われ、一人でそれに耐えていたのだ。だが、私には胸を痛める資格はない。その状況に追い込んだのは私だ。
ルーセントを前に戸惑いを見せるアリシア。産後すぐに引き離され、一年以上会っていなかったのだ。無理もあるまい。母上には、アリシアにルーセントを返すよう何度も訴えたが、聞き入れてはくれなかった。ルーセントの瞳はロイヤルブルー。アナベルとの間に生まれた娘ルシェリは緑色の瞳だ。母上にとって、どちらが大切かは言うまでもない。
ルーセントを抱き、涙を浮かべるアリシアを、とても見ていられない。
「とっても大きくなったのね、ルーセント。あなたの母です」
と、優しくルーセントを見つめるアリシアを、母上はじっと睨んでいた。ルーセントはルシェリと兄妹のようにして育っている。母親はアナベルだと思っているだろう。
…アリシア、すまない。きみと結婚し、子を授かり、一緒に子育てをしていけば、信頼し合える夫婦になれると思っていた。…思っていたんだ。
あの時、アナベルの姿を見て何も考えられなくなった。彼女の手を取り、口付けを交わし抱き合った時、何ものにも代え難い喜びを感じた…交わる魔力は心地良く、私の伴侶はアナベルだったのだと直感した。神託は誤りだったのだと。
…何と下劣なことか。私は、酷い男に徹するべきだ。罪悪感など抱かず、アリシアのことは影に任せ、アナベルと子供達と共に別邸で幸せに暮らすべきだ。アリシアの不幸を顧みることなく…そう、思っていた。
母上が、アリシアの葬儀を行い、喪明けにアナベルと再婚するように、などと言い出すまでは…
何故そこまでアリシアを…私には理解出来なかった。アリシアの瞳は確かに、平民に多い色だ。魔力もほとんどなく、私には感じ取れない。だが、勤勉で武芸に優れ、性格も温和で優しい娘ではないか。
「あなたはアナベルとその子を日陰の身にさせて、それでも良いと思うの?神託の妻がいながら、侯爵令嬢を妾にしていると謗られるのはあなたなのよ」
母上は涼しい顔をして私に言った。だがそれは承知の上だ。アナベルの手を取った時、私はそれでも良いと思ったのだ。アナベルも同様だろう。
「幸いあの娘の髪は平民に多い色。歳の合う亡骸ならいくらでも用意出来るわ」
「母上!何ということを仰るのです!?まさか、生きている娘を…」
「わたくしもそこまで非道ではないわよ。貧しい平民なら、医者にかかれず死ぬ娘も、飢えて死ぬ娘も多いのよ。金を出せば亡骸を売る親もね。死んでも金になる娘は親孝行と言われるのよ。あなたはそれを知らないだけよ」
確かに私は公爵家に生まれ何不自由なく生きて来た。領地や王都などの視察を行なっているとは言え、市井の現実を本当の意味で知っているとは言えないだろう。だが…だからと言ってそれを良しとは絶対に言えない。アリシアだけではなく、フィデール領の義両親や義妹、領民達…多くの人々を悲しませることになる。神々を欺き葬儀を行うなど…
「あなたは神託に従って結婚した。子を儲けた。離婚せずにアナベルを正妻とするには、これが一番だわ」
「私は反対です。それだけは、絶対に承服出来ません」
「あなたは既にアリシアを裏切った。それを忘れないことね」
…分かっている。忘れるものか。
私は母に背を向け、部屋を後にした。




