第三十三話 母の魔力
先ほどからルーセントは酷くぐずっている。普段は比較的大人しく、ぐずることも少ないこの子が、珍しいことだとアナベルは困った顔であやしていた。
「どうしたの、ルーセント。何か嫌なことでもあったの?」
「ははう!ははう!」
「はいはい、母は此処にいますよ」
「ちやう!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣くルーセントを抱き締めていると、愛娘ルシェリがわたしも抱っこと強請る。アナベルはそんな状況も嬉しく、子供達二人が可愛くて仕方がなかった。
「あらあら、珍しいこと」
屋敷中に響くルーセントの泣き声に、マリアンネは侍女を伴い様子を見に来たようだ。
「お義母様、お騒がせして申し訳ございません。何をしても泣き止まないので、困っておりました」
「ははう!」
ルーセントは窓の外を見ながら、手を伸ばしている。マリアンネが窓の外を見れば、離れの屋根が見えた。
「ははう、いない」
…まさか
「…ジャスティーヌ、セドリック!離れを確認しなさい!」
マリアンネの腹心の侍女ジャスティーヌと、護衛騎士セドリックは慌てた様子で離れに走って行く。そして数分後には真っ青な顔をして戻って来た。
「アリシアがいません。侍女四人と外回りの衛兵は眠らされています」
「何ですって!?影は!影は何処なの!」
「お、お義母様…今何と…?アリシア…様…?亡くなったはずでは…」
マリアンネはそんな事はどうでも良いとばかりにアナベルを無視した。影に騙されているあの愚鈍な娘が、わたくしを欺いて逃げるだなんて…油断したわ…
「セドリック、目立たぬよう衛兵を率いて周辺を捜索しなさい。まだ遠くには行っていないでしょう。必ず捕えるのよ。アナベル、あなたは口を噤んでいなさい」
アナベルは真っ青な顔で座り込み、子供二人を抱き締め頷いた。ガダガダと、震えが止まらない。
泣いているルーセントを抱き締めるように、微かな魔力が包んだ。
…ルーセント、ごめんね。良い子でね。かあさまを許してね…きっと、きっと一緒に暮らせるようになるからね…
泣き疲れたルーセントは、優しいアリシアの魔力を感じ取り、アナベルの腕の中で眠った。




