表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみの頬をなでる風になれたら  作者: 朝倉いろは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/50

第三十一話 影④

 疲れた様子のヴィンセント様に代わり離れを訪れると、ちょうどパイを温め直しているところだった。侍女達は俺を見て二人分の席を用意し下がろうとした。

「お疲れ様。みんなが場を整えてくれたお陰で、おもてなしはうまくいったと思うわ。ありがとう」

 アリシアは侍女達にパイを持たせた。侍女達にも笑顔が見える。マリアンネ様の機嫌を損ねずに済んだようだ。だが、パイは減っていない。あの方が召し上がるとも思えなかったが、特に気にしている様子もない。それも織り込み済みなのだろう。

「母上は気難しいから、気疲れしただろう」

 アリシアは首を振る。

「大丈夫です。お義母様がお許し下さったので、ルーセントを抱くことが出来たし林檎のコンポートを食べさせることも出来て…ルーセントも気に入ってくれて、パクパク食べてくれてとても可愛くて」

 本来なら、母親が我が子を抱くのに誰かの許可など必要な訳がない。もう分からなくなっているのだろう。林檎はアリシアが手ずから食べさせたのだろうか。優しい笑顔だ。

「やっと親らしいことが一つ出来ました」

 そう言ってパイを口にしながら、ふと寂しげな顔になる。

「ルーセントはヴィンセント様に似ていますね」

「そうだね、髪の色や瞳の色が同じだからね」

「私の髪と目の色に似ず、良かったです」

「そんなことを言うものじゃないよ。きみに似ていたらもっと可愛かったさ」

「私に似ていれば、この手で育てることが出来たのでしょうか…」

「母上はこの瞳の色を特別視し過ぎる」

 …溜息が出る。こんな瞳の色が何だと言うのだ。

 パイを口に運べば林檎の風味とほのかな酒の香りが口に広がる。…美味い。

「生まれた時はあんなに小さくて軽かったのに…大きくなって、重たくなって…私の知らない間に…」

 ポロポロと涙を零すアリシア。最近は泣いていなかったが、我が子に会い切なくなったのだろう。アリシアの側に寄り抱き締めれば、腕の中の小さな背中が震えている。こんな時、俺には何も出来ない。夜を共にしていても、俺は夫ではない。戸籍もない。名前すらない。彼女を騙しているのは俺だ。

「私は酷い親なのです。ルーセントの代わりが欲しいと思ってしまうのです。二人目が欲しいと…自分の手で育てたいと」

 うう…と呻くように苦しそうに泣いている。罪悪感があるのだろう。こんな目にあっているのは自分のせいではないというのに。

「ルーセントの代わりになんて、そんなことを思うから授からないのだわ…」

 アリシアの髪を撫で、額にキスを落とす。

「気に病まないで、まずは体力を戻そう。さぁ、甘いものを食べて元気を出すんだ。このパイはとても美味しいよ。きみは料理上手だな。今度は別の料理も食べさせてくれ」

 頬を流れる涙を指で拭うと、アリシアは俺の手を握り頬ずりをした。そして手のひらにキスをした。

「…私、ヴィンセント様の手が好きです。優しい人の手だわ」

 …アリシアのその言葉が、鋭く深く俺の心を抉った。弱った心につけ込み、優しい振りをしてこの離れに縛り付けているのは俺だ。子を授からないのは俺のせいなのだ。俺の子を身籠るなど、あってはならない。あの薬茶は…


 アリシア、俺は…

 言葉の代わりに口付ければ、背中に回された指が爪を立てる。縋るようなそれを、愛おしく思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ