第二十九話 影②
ロイヤルブルーの瞳と銀の髪を持って生まれて来たアリシアの息子は、マリアンネ様に奪われた。三代に渡り王族特有の瞳を持つ者が生まれることは珍しいという。同じ時期に生まれたアナベル様の娘は緑色の瞳だった。
同じようにロイヤルブルーの瞳を持った息子だったならば、家督を争うことになったかも知れない。身分から言えばアナベル様の子が優先されただろう。だがルーセント様は神託による婚姻で生まれた子だ。今の段階では、マリアンネ様はルーセント様を殊の外可愛がっている。…あの方にとっては瞳の色が第一なのだ。
公爵閣下は相変わらず領地と王宮の往復で、王都の邸宅に立ち寄ろうともなさらない。というよりも、マリアンネ様の側に寄りたくないのだろう。孫が二人も生まれたと言うのに、ここまで無関心になれるものかと思うが、我が子が誕生した時でさえそうだったのだと思い出す。公爵閣下がマリアンネ様に寄り添い、俺を神殿に預けてくれていたら…などと、考えても詮無いことだ。
憔悴しきったアリシアを慰めつつ、息子に会いたいという願いを逸さねばならない。そのうち諦めさせよ、と命じられている。骨の折れる仕事だ。一思いに殺せば良いものを、神託の娘を害することは出来ないようだ。俺にしてもそうだ。ただ泣くだけだった赤子のうちに殺せば良かったのだ。
「このお茶を飲むと眠たくなる気がするのですが、何か薬草の働きなのでしょうか?」
ある日、ティーカップに注がれた茶を見つめながらアリシアに問われた。
「体力回復を促すために、眠りを助ける薬草が入っているんだよ」
と答えると、それなら安心だと口を付けるアリシア。
マリアンネ様から、アリシアに飲ませるようにと持たされた茶葉だ。
…影の子など要りませんから、必ず飲ませるように…避妊の薬茶です…冷たい目で刺すように告げられた。週に二度、閨を共にすれば、当然妊娠の可能性が出てくる。それを防ぐためだ。俺としても、面倒事は御免だ。子は要らない。
母親にとって、離れ離れになった我が子に会いたいという気持ちは自然なものなのだろうか。俺には分からない。自分を育て、読み書きを教えたのはマリアンネ様の侍女だった。剣技や魔法は護衛の男に教わった。二人を親だと思ったことなど一度もない。
早く諦めてくれと思いながら、息子に会いたいというアリシアの願いをのらりくらりと躱しつつ、面倒になれば抱き締め口付けて黙らせる。肌を合わせれば荒んだ心が凪いでいく。互いの体温が上がるにつれ、花の香りが咽せるほどに濃くなっていく。…まるで媚薬のようだ。週に二度の訪いでは足りない、ただ側に居るだけでも良いとさえ思う。
籠絡されたのは、俺の方かも知れない。




