第三話 交流
今年も、夏季休暇前の校内舞踏会が催されることになった。毎年恒例の行事であるが、アリシアはヴィンセントのエスコートで参加することになる。いつもはアシュベルのエスコートで入場し、ダンスを踊り、近隣領の顔見知りの子息達何人かと踊れば、後はデザートを楽しんで仕舞い。どちらかと言えば楽しみな行事だった。
ヴィンセントと合わせて誂えたドレスを見ても、憂鬱な気分にしかならない。時が経てば夫婦として信頼を築けるのだろうか。父母は親が決めた結婚だったが、幸せそうだ。結婚前に好きな相手が居たかどうかを尋ねたことはないが、仲睦まじい様子を思えば少しだけ前向きにもなる。帰郷したら尋ねてみようかしら。今は、アシュベルが近過ぎる。卒業して離れ離れになれば、この想いにも整理がつけられるだろう。
神託が降りてから、ヴィンセントとは週に一度会って話をしたり、お茶を飲んだり、一緒に勉強をするなどの交流を持っている。紳士的な対応だが、どこか遠くを見ているようだ。一線を引かれている。神託のお相手がアナベル様なら良かったのに…ヴィンセント様に申し訳ないとアリシアは負い目を感じていた。
「あの、ヴィンセント様」
声を掛けると、ヴィンセントの青紫の目とかち合う。王族に見られる高貴な色だ。自分の茶色い目とは違う。スナイデル家の現当主の妻は王妹だ。ヴィンセントには王位継承権がある。
王族に発現する青紫の瞳は、ロイヤルブルーと呼ばれている。アルメニア王国を建国したとされる夫婦神、男神アルスラントニウスの瞳の色は青、女神フィオレンツィアーナの瞳の色は紫。この二柱の瞳の色を受け継いでいると言われている。
「何だい、アリシア」
優しい声だ。アリシアは思い切って胸の内を問うてみることにした。
「ヴィンセント様は、神託によるこの婚約をどう思っていらっしゃるのですか」
「有難いと思っているよ。夫婦神による思し召しだ。きっと幸せになれると思う」
迷う素振りもなく答えられれば、アリシアは言葉が出せなくなった。
俯くアリシアを見て、ヴィンセントは言葉を続ける。
「きみは、身分の差やアナベルのことを気にしているのだろうが、些末なことだよ。アナベルとは婚約がまとまりかけていたのは事実だが、神託に勝るものはない」
婚約目前だったのね…アリシアは肩を落とし小さくなってしまう。
「でも、お好きなのでしょう。校内では誰でも知っています」
「皆知っていたのか、恥ずかしいな」
と、ヴィンセントは笑う。
「でもそれはきみも同じだろう」
真面目な顔で見つめられれば、涙が溢れそうになる。
「お互い不本意な婚約かも知れない。だが、神託が降りずともよくあることだ。我々は貴族なのだから。割り切って、良い関係を築きたいと私は思っているよ」
「はい、私もヴィンセント様とそうありたいと思っております」
ヴィンセント様も同じ気持ちだったのか。アリシアは心強く感じた。自分だって遠くを見るような目をしていたはずだから、お互い様だ。アシュベルのことを思えば胸が痛むが、娘時代の懐かしい思い出に出来るだろう。
「明日は舞踏会だね。きみをエスコートするのは初めてだから緊張するな。どうしても注目されるだろうしね。でも楽しもう」
「はい」
「女子寮のエントランスホールまで迎えに行くよ」
思い切って尋ねてみて良かった。アリシアはそう思いながら、冷めた紅茶を飲み干した。




