第二十七話 裏切り
結婚式は神託の降りた神殿で、多数の貴族、諸侯が参列する中、厳かに行われた。スナイデル家伝統の婚礼衣装を纏ったアリシアを、父であるフィデール子爵がエスコートする。神前でアリシアを貰い受け、誓約の言葉を述べ口付けを交わす。夫婦神の前で、我々は貴族・諸侯の祝福を受けた。
二人の部屋の間は夫婦の寝室だ。そこへは、それぞれの部屋を通らないと入れない仕組みになっている。初夜を滞りなく行えるよう、少量の媚薬が含まれた発泡酒を二人で飲むのが慣わしだ。薄明かりの中、ほのかに上気したアリシアの頬。少し伏せた横顔を美しいと思った。
お互いに好いた相手が居た。だが、交流を重ねる中で、良い関係を築けるようにと、お互いに努めてきた。
口付けを交わしながら夜着を緩める。
…今日から我々は夫婦だ。
アリシアが懐妊したのは、それから数ヶ月後のことだった。驚きと共に、荷が下りた心持ちもした。もちろん、母子共に無事に生まれてくれることが前提ではあるが、後継者となる子を儲けることは、スナイデル家唯一の子である私の使命だった。そのため、内心はどうあろうと閨を共にしたのだ。神々が望んだ結婚なのだ、これが努めなのだと言い聞かせ…アリシアの心を慮る余裕などなかった。だが、私達はお互いに気遣い、歩み寄り、会話を交わし、良い夫婦になろうと努めた。日々を共に過ごし、夜を共に過ごした。嬉しそうに腹を摩るアリシアを見れば、ほのかな明かりが灯ったような気持ちにもなった。だが、私の父は一年のほとんどを領地で過ごしており、余り関わった記憶がない。こんな自分が父になれるのかという一抹の不安もあった。幼い頃に自分の父にして欲しかったことはたくさんある。そうだ、アリシアと二人で子を育てていけば、きっと良い家族になれるだろう。
…そう思っていた矢先だった。
「アリシアが懐妊したそうですね」
母に呼ばれて出向くと、暗がりに影がいた。
何か嫌な予感がする。その場を離れたいと思った。
「思ったより早く懐妊して良かったわ。あなたはもうアリシアに近付く必要はありません。あの娘の相手は影にさせます」
何を言われているのか分からない。鼓動が速くなる。
「母上、何を…神託を覆すことなどあってはなりません。それにアリシアは懐妊したばかり、夫である私の支えが…」
「だから、それを影が代わると言っているのです。神託が告げたのはあなたとアリシアの婚姻のみ。もう結婚はしましたし、子も授かりましたから努めは果たしたでしょう」
母が合図を送ると影は消え…
「…アナベル」
ああ…母上、あなたは何ということをなさるのだ…忘れようと努めていたアナベルの姿を見た瞬間、アリシアと灯したはずの明かりが消えた。
「アナベルは別邸に住まわせます。あなたは、愛しい人と共に過ごすと良いわ」
暗闇に呑まれるような罪悪感を、抗いようのない魅力が包み込み、私を虜にした。
アナベルが伸ばした手を取り、彼女の頬を伝う涙にキスをした。これは何だ。あの日飲んだ媚薬よりももっと強い…甘い苦い毒だ。
アリシア、きみを裏切った私は地獄に堕ちるだろう。




