第二十六話 マリアンネ・アルメニア・スナイデル
茶色の髪に茶色の瞳…おまけに魔力は平民以下ですって?息子ヴィンセントの結婚相手として神託が降りた娘は、現国王の妹であるマリアンネにとって到底受け入れ難い存在だった。成績は凡庸、馬を乗り回し剣を振るう辺境の女。辺境伯の息女ならばまだしも、その家臣の娘とは。身分が違い過ぎる。…ヴィンセントは王位継承権を持つ王族なのよ…ヴィンセントの瞳はマリアンネと同じロイヤルブルー。王家の血筋にしか現れない高貴な色だ。マリアンネはこの瞳の色に誇りを持っていた。カーマイン家との縁談も纏まりかけていたのに…と唇を噛む。カーマイン家は王妃を輩出したこともある名家だ。その令嬢アナベルとは気も合い、ヴィンセントとも良好な関係を築いていた。
しかし、王家に連なる者として神託に背く訳にはいかない。神託の通り結婚はさせる…だがその後は…
マリアンネには、仄暗い過去があった。ヴィンセントが生まれた後ほどなくして、腹に激痛が走る。
「もうお一人いらっしゃいます」と、産婆が告げた時には、愕然とした。
…双子ですって?このわたくしが、双子を身籠っていたと言うの?
信じられなかったが、腹の痛みは陣痛そのもの。認めたくないと混乱したまま、必死で二人目を産んだ。
建国の租神の一柱、男神アルスラントニウスには双子の弟神がいたが、天空の覇者の座を簒奪しようとし、兄神によって地の底に堕とされた。弟神の名は葬られ、知る者はいない。その神話故に、アルメニア王国では双子、特に男子の双子を忌み嫌う風潮があった。双子が生まれた場合、男神の怒りを鎮めるため、後から生まれた方は神殿に預け神に仕えさせることが慣例となっていた。
マリアンネは、双子を産んだ事を事実として受け入れることが出来なかった。慣例の通り神殿に預けることはせず、さりとて殺すことも出来ず、ヴィンセントの為に動く影として側に置くことにした。そのため、出産時に立ち会った産婆や医師、下女達は秘密裏に処分された。この事を知るのは、マリアンネの忠実な騎士と影に乳を与え教育を施した侍女、それからヴィンセントだけだ。父であるスナイデル公爵には伏せられた。公爵は王宮と領地を行ったり来たりと多忙にしており、王都の邸宅に顔を出すことはほとんどなかったため、隠す事は比較的容易であった。
忌々しいことに、影もまたロイヤルブルーの瞳と銀の髪、ヴィンセントと同じ風の魔力を持っていた。双子ということを知らない者には別人とは思えないほど背格好も魔力も瓜二つだった。本当はヴィンセントにも会わせたくなかったが、影として使うには本人の癖や話し方などを模倣する必要があるため、やむを得ない事として許容した。
ヴィンセントとアリシアの婚姻後、そう時を経ずに懐妊したと聞いて、マリアンネは胸を撫で下ろした。これで、ヴィンセントにあの娘を近付けずに済む。子供が産まれるまでは、体調を慮るためとでも理由を付けて閨を共にさせる必要もない。
…そう、今こそ影の出番ではないか。アリシアは愚鈍な娘だ。入れ替わったとしても気付くまい。マリアンネは影を呼んでこう告げた。
アリシアを籠絡し虜にせよ、と。




