第二十二話 庵での授業
ザドキエルの庵までは、二度目ということもあり、そう時間も掛からず到着した。呼鈴を鳴らすと扉が開き、
「アリシア君、待っていたよ」
と、快く出迎えてくれた。テーブルの上の書物や薬草などを横に避け、お茶を淹れてくれた後、ザドキエルも椅子に座った。
「読めているかね?」
アリシアは、植物図鑑に書かれていた魔法を説明した。今日は擬人の魔法を試してみたことも説明する。実際に目の前で発動させてみると、ザドキエルは目を丸くしてアリシアとそれを見比べていた。
「これは素晴らしい。よく一人でここまで学べたものだ」
「でも先生、この魔法はどのくらい持続するのかまだ分からないんです。気配を消して、花のようにあろうとすることも難しくて…」
「そんなに簡単なものではないよ。焦らずに取り組むことだ。魔法陣を実際に描かず、想像することも訓練を繰り返すしかない。ちょっとしたコツがあるから後でそれを教えよう。やっぱり君は魔法学を受講すべきだったね。アリシア君、この擬人の魔法を解除してみてくれ」
アリシアは、擬人の魔法を解く。魔法を解かれた椅子に触れたザドキエルは頷いた。
「やはり、魔力の残滓が全くない」
ザドキエルは、アリシアが描いた魔法陣と同じものを描いた。術式はアリシアに擬人するものだったので、椅子は再びアリシアの姿になる。それを解いた時、はっきりと違いが分かった。
「君にも分かるだろう。これが魔力の残滓だ。私では、そこにあるものにはなれない。擬人の魔法はその場から逃げたり、存在を誤魔化す時などに使うと聞いた事があるから、あまり長時間持続するものではないと思った方が良いだろう」
「分かりました」
「隠密で重宝するのは、擬態の方だろうね。空気のようになれれば、そこに居ても気付かれることはない。魔法陣や術式は覚えているかね?」
「はい」
アリシアは魔法陣に空気の術式を組み込み、呪文を唱えた。アリシアの姿は靄に包まれたようになり、透明になったように見えた。実際には居るのだが、見えにくい。
「…ほう」
ザドキエルは髭を撫でた。
「これも素晴らしいな。今は意識すれば君の姿がぼんやりと見えるが、鍛練すれば…いや、何も知らない者から看破られることはなかろう」
アリシアは魔法を解いてふぅ、と息を吐いた。
「この魔法を強化するには、やはり心を和ぐように集中する鍛練をすることだな。荒波が凪ぐように…水の上を歩いても波紋が立たないように…そうして、何を見ても何を知っても心を乱さないことだ。心を乱せば魔法が乱れる」
「隠密の任務を負うって、大変なことだったんですね…」
「機密を知ると言うことはな、並大抵の覚悟では務まらん。知らなければ平和に暮らせることは多々ある」
目立たず、田舎で平凡に暮らしたかったアリシア。親子で静かに暮らしたいと思っている自分には遠い世界の話のようだ。
「先生、先生は薬学にもお詳しいのですか?」
「ああ、魔法学ほどではないが」
「私、平民向けの薬茶を作れるようになりたいんです。学校に行きたくて…平民向けなら、魔法を使わなくても作れる薬茶がたくさんありますよね」
「そうだな、良い考えかも知れん。君に向いていそうだね。今は学校に行くことは難しそうだが…」
「自由に出歩けるようになったら、やってみたいんです。それと、体に負担の少ない眠りの薬茶をご存知ありませんか?」
ポケットに忍ばせておいた、あの薬茶を先生に見せる。
「これを飲むと眠たくなるので、侍女に飲ませてからここに来たんです。でも、この図鑑に載っていた避妊の効能がある薬草が混じっているかも知れないと分かって…詳しくないので、より安全なものを知りたいのです」
「これは…確かに避妊の薬茶だね。通常は眠たくなる成分は入れないが…妊娠が体の負担になるような場合は入れるかも知れないね。眠りは体力を回復させるからね」
安全な眠りの薬茶なら、これをあげよう、とザドキエルは棚から茶筒を取り出し、アリシアに渡した。
「ありがとうございます」
…じゃあ、ヴィンセント様は私の体を心配して避妊のお茶を…?と、アリシアは少しだけ心のつかえが取れたような、しかし疑問は晴れないような…やっぱり、ちゃんと話して欲しい…複雑な気分になりながら帰宅した。




