幕間 五年後の静寂
アリシアが嫁いだ日、これから初夜か…などと考えたくもない事実に半ば自棄になり、初めて娼館に行った俺は、結局何も出来ずに娼婦に慰められるという醜態を晒した。その娼婦とは、時々世話になりすっかり馴染みになってしまった。アリシアと添うことは出来ないのだから、これで良いとすら思う。
辺境領の端は広大な森が広がり、その奥には魔獣が湧く瘴気溜りのような場所がある。そこから魔獣が溢れないよう調整しつつ、時には他国を牽制するのが辺境領の役割だ。俺は父に頼み込み、魔獣討伐の前線に飛ばしてもらった。
父は自棄を起こした俺を心配しつつも、「まぁ、それも良いだろう」と、望み通りにしてくれた。魔獣の返り血に染まっていれば、何も考えずにいられた。時々街に戻り、馴染みの娼婦に会いに行く。アリシアには似ていない女だ。似ている方がへこむからな。
そんな生活を送ってもう五年になる。久し振りに王都を訪れた俺が行くところは決まっている。
「よう、アリシア」
話しかけるも返事はない。フィデール子爵領から王都は遠い。訪れる人はあまりいないのか、枯れた花を捨て、あいつが好きだった素朴な花を手向ける。
アリシアが死んでから四年。小さな墓標に刻まれたのは、名前と享年だけだ。この下で安らかに眠っているのか。花嫁姿はとても見る気になれなかった。貴族院の卒業の日、泣き笑いで別れたあの日が、最後になるとは。こんなことなら、花嫁姿でも見ておくのだったと後悔しても後の祭りだ。
前線に訃報が届き、飛んで行っても既に埋葬された後だった。泣き暮れるアリシアの父母と妹が言うには、産後の肥立が悪く出産後しばらくして亡くなってしまったと言う。
何やってんだ、ヴィンセントの奴は。剣技の試験の時、打ち合いながら奴は俺に言ったんだぞ、アリシアを幸せにすると。夫婦神も何なんだ。何で神託なんぞ降した。何の意味があったんだ。ヴィンセントの子供を一人産むだけがアリシアの役割だったのか。どうせならうちのように子沢山の肝っ玉母さんになって欲しかった。
冷たい墓標を撫でる。こんなところに、アリシアは眠っていない。そんな気がする。何しろ死に顔も見ていない。アッシュ、元気だった?と、ひょっこりその辺から現れそうな気がする。アリシアの好きだった花は、か細くも優しいアリシアの魔力のような香りがする。花の魔力だ。全くもってあいつらしい。
何年経とうが、ここに来れば俺は泣かずにいられないんだろう。一陣の風が花の香りを吹き飛ばすまで、墓標の前から離れることが出来なかった。




