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きみの頬をなでる風になれたら  作者: 朝倉いろは


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第十三話 隔離③

「アリシアは最近どうしているのかしら」

 マリアンネに呼び出されたのは、アリシア付きの侍女セレナだ。時々こうして呼び出され、近況の報告を求められる。

「若奥様は読書に耽っておられます。そのためか、あまり庭にもお出になりません」

 以前は、庭を散策すると言って外に出ては、隙あらば本邸に向かって走り出し、侍女達は手を焼いていた。本邸と離れの間には高い垣根があるが、それにも上ろうとして衛兵に取り押さえられたこともあった。最近は読書の合間に庭に出ることはあっても、植えられたハーブをいくつか摘み紅茶と共にハーブティーを淹れてくれたりする。アリシアにはヴィンセントと侍女達しか話し相手がいないため、一緒にお茶を飲んで欲しいと頼まれたのだ。侍女達もあまり固辞する訳にもいかず、今では五人で午前と午後のお茶の時間を楽しんでいる。

 …侍女と一緒にお茶を飲むなんて、公爵家の嫁としての品格もないわね…と、不快に思っていたマリアンネだが、ヴィンセントと侍女達にはアリシアの機嫌を取って貰わねば、と考えを改めた。まぁ、わたくしが共にお茶を飲む訳でもないし、どうでも良いことだわ。

「わたくしの前であの娘を若奥様と呼ばないでちょうだい」

 侍女を睨めば、申し訳ありませんと頭を垂れる。マリアンネは溜息を吐いた。

 …とは言っても、アリシアを蔑ろにし過ぎるのも自分にとっては不都合が起こる恐れがある…そう考えたマリアンネは、一度ルーセントを連れて離れに行くからそのつもりで用意するように、とセレナに申し付けた。

 

 それを聞いたセレナは、自分のことのように嬉しく思った。セレナはマリアンネに逆らうことは出来ないが、アリシアのことも好きだった。若奥様は控えめで穏やかで、高飛車なところはなく、教養もあると思う。走ったり垣根を上ったりと突拍子のないことをしたのは、お子様と引き離されているから…そうでなければ、そんな事をする令嬢はいない。アリシアには一線を引かれていると感じているが、それは致し方ないとも思う。


「奥様が、ルーセント様を伴われこちらにお出でになるとのことです」

 セレナから報告を受けたアリシアは、何を言われたのか理解出来ないでいた。三人の侍女達もきょとんとしている。

「ルーセント様は歩き始めたばかりとのことですので、危険なものは遠ざけておかなければなりませんね」

 セレナは、角のあるサイドテーブルを丸いものに替えましょう、他は…と、早速準備を始めたようだ。三人の侍女達も目に涙を浮かべて動き出した。それを見たアリシアも、じわじわと喜びが溢れて来た。大粒の涙を溢しながら、私も一緒に準備するわ、と侍女達と泣き笑いで掃除を始めた。

 角のある家具や口に入れては危ないと思われる小物を片付け、床を入念に磨き上げた。そうこうしていると、明日訪れると先触れが届いた。アリシアは、ルーセントが食べられるようにと砂糖なしの林檎のコンポートを作り、大人には酒を少し足してパイを拵えた。義母は料理人が作った物しか食べないと分かっていたので、自分が作ったとは伏せることにした。くるくると動き回るアリシアを、ワイン片手に見守るヴィンセントは、彼女はこんなに活発な女性だったのかと内心驚きの目で見ていた。我が母ながら、なんと酷な仕打ちをしたものか。本当は、こんなにも明るい娘なのに…

「美味しそうに焼けたね」

 ヴィンセントが覗き込むと、アリシアは満面の笑みを浮かべた。それはヴィンセントが初めて見たアリシアの本当の笑顔だった。

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