第九十九話 迷子の子猫
アリシアが勤める薬茶店は裏通りにある。そのため、祭りの喧騒は少し遠くに聞こえる。いつもより騒ついた空気。この祭り独特の空気感が、アリシアは好きだった。今日は祭りの最終日のため、店は少し早めに閉めるという。つまり、早めに閉めて、祭りを楽しもうというわけだ。
「よし。みんなお疲れ様。今日はもう終いだから、後は祭りを楽しんでくれ」
店主が表の鍵を閉め、労いの声を掛け合いながら店を後にする。リヒトはミニブーケやリースなどを露店で販売しているはずだ。レグルスは神殿で神徒達の手伝いをしているだろう。少しは三人で露店を回れるだろうか。何か買って一緒に食べたいな、などと、少し浮き立つ気持ちで、アリシアは神殿に向かった。
良い夫婦の日ということもあり、礼拝に訪れる人々は夫婦連れが多いようだ。日頃ぶつかることがあっても、この日ばかりはお互いに感謝の言葉を伝え合う。気恥ずかしさで口に出来なくとも、何かそれを感じさせる雰囲気がある。良い空気だ。オーグス神殿では、礼拝者に夫婦円満の護符を授けている。レグルスはその手伝いをしていた。
「お疲れ様です」
「おかあちゃん」
「あら、リーシュ。お疲れ様。今日は早かったのね」
「はい。お祭りも最終日なので、早めに閉めるって」
「レグルスも頑張ってくれたわよ。一緒に露店を見て回っておいで」
「ありがとうございます」
「またね、レグルス」
アリシアとレグルスは手を繋いで、露店が立ち並んでいる、乗合い馬車の停留所前まで歩いた。段々と人通りが増え、祭りの匂いが濃くなってくる。リヒトの店はどの辺りだろうかと探しつつ、色々と露店を見て回っている時だった。
「あっ」
繋いだ手をパッと放し、レグルスがとことこと駆け出した。あっという間に人混みに紛れ、見えなくなってしまった。
「レグルス!?どこ!?」
小さなレグルスを探そうにも、こうも人が多くては難しい。アリシアは焦った。まだそんなに遠くに行ってないだろうが、最近はすばしっこく、追いかけるのが大変になっていた。
「どこに行ったのかしら…」
アリシアは、路地に入りレグルスに持たせた護符の気配を探った。ルーシィがアシュベルに魔石の護符を誂えた際、レグルスにも護符を持たせることを思い付いたのだ。レグルスの行動範囲が広くなってきたことを、リヒトとも話していた。リヒトの風魔法はレグルスの魔力を探ることが出来るが、ここにはいない。そんな時のために、持ち主の跡を追うことが出来る魔法陣を仕込んでおいたのだ。
小さな魔石を首飾りに仕立て、服の下に隠すようにして持たせている。レグルスの安全を考え、素材は安物だ。
「これは御守りだから、外さないでね」
「うん、わかった」
小さな魔石に魔法陣を描くことには難儀したが、子供の御守りとして可愛らしい仕上がりになった。
「…え?そんなに遠くに行ってるの…?」
追跡してみて驚いた。この短時間に、信じられない。レグルスはかなり遠くまで行っているようだ。アリシアは急いでレグルスを追った。
祭りの会場から離れた川沿いに、レグルスの護符の気配を感じる。川には一人で近付くなとあれほど言っていたのに。落ちでもしたら、取り返しのつかないことになりかねない。
「レグルス!どこにいるの!?」
アリシアは川原に下りて草むらを探した。
「おかあちゃん」
「レグルス!」
草むらにちょこんと座っているレグルスは、アリシアを見て少し小さくなった。
「黙っていなくなるから心配したわ。怪我はない?」
「……うん」
「そう、良かったわ。帰ろう?お父さんのお店に行ってみよう」
「……」
レグルスはなかなか動こうとしない。何か言いたそうに、もじもじとしている。
「どうかしたの?お腹痛いの?」
レグルスはお腹を抑えて小さくなっている。川辺の風は少し冷たい。冷えたのだろうか。よく見ると、そのお腹がもぞもぞと動いている。レグルスの小さな腕の間から顔を出したのは、可愛らしい子猫だった。
どうやら、子猫を追いかけてここまで来てしまったらしい。アリシアは膝をついて子猫の顎下を撫でた。
「あら、子猫だわ。可愛い」
「おかあちゃん、ねこすき?」
「ええ、好きよ」
「このこねこ、おかあさんがいないの」
「はぐれてしまったのかしらね?どこでみつけたの?」
「おまつりのところ」
祭りの会場には様々な屋台がある。食べ物の匂いにつられたのか、人の食べ残しが目当てだったのかは分からないが、子猫は少し痩せている。お腹が空いているのかも知れない。
「この辺りが子猫のおうちなのかしら」
「ねこちゃんが、こっちにおいでっていったの」
レグルスには、子猫が道案内をしているように見えたのだろう。子猫はレグルスに抱かれて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。レグルスはすっかり子猫に情が湧いているように見える。困ったなあと思っているところへ、リヒトがやって来た。
「こんなところで、何をやってるんだ?」
「おとうちゃん」
「リヒト」
「神殿に行ったら露店に行ったって言われたから、風で探ったんだ」
なるほど、先ほど吹いたのはリヒトの風だったのか。
「なんだ?子猫か?」
「この子猫を追いかけて、ここまで来てしまったみたい。ごめんなさい、レグルスとはぐれてしまって…さっき見つけたところだったの」
「そうだったのか。レグルス、お母さんに黙って一人で遠くに行ってはいけないぞ」
「……ごめんなさい」
「この子猫の家族を探ることって、できる?」
「魔獣の索敵ならやったことがあるけど…動物の魔力は少ないからな…ちょっとやってみようか」
リヒトは子猫に触れ、似た魔力を探すために風を飛ばした。秋のひんやりとした風が、すうっと流れていく。リヒトの風は心地良い。アリシアはレグルスの隣で、リヒトの指先から生まれる風を感じていた。
「……たぶん、近くにいるぞ」
「ほんと?おとうちゃん」
「ああ」
三人でリヒトが示す方に歩いて行くと、母猫と思われる茶トラと、同じ柄の子猫が一匹、レグルスが腕に抱いた子猫と同じ柄の子猫が二匹、日の当たる暖かい場所にいた。
「レグルス、お母さんときょうだいが待ってるみたい」
レグルスは少し名残惜しそうにしながら、子猫を撫でている。子猫はゴロゴロと喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を閉じている。アリシアは優しくレグルスを促した。しばらく待っていると、レグルスは子猫を地面に降ろした。
子猫はレグルスを振り返りつつ、家族の元へと駆けていった。
寂しいのか、レグルスの目には涙が浮かんでいる。リヒトはレグルスを抱き上げて頭を撫でた。
「偉かったな、レグルス。家族に会えて嬉しそうだよ。良かったな」
「ぼく、ねこちゃんといっしょがよかった」
「うん。でも、ねこちゃんはまだ小さいから、家族と一緒にいたいかもよ」
「…うう」
「さあ、何か美味しいものを食べに行こう」
去っていく三人に挨拶をするように、
「みゃう」
と、猫の鳴き声が聞こえた。
レグルスは、ハッと顔をあげて後ろを振り返り、猫の家族に手を振るのだった。




