幕間 星空の剣
アシュベルはとある刀匠の元を訪れていた。
まだ正式に婚約が整ったわけではないが、記念として祭祀用の剣をルーシィに贈りたいと考えたのだ。
ルーシィは日に日に美しくなっている。もとより平民とは思えないほど見目麗しい娘だったが、立ち居振る舞いを学び、剣舞で心を磨き、凛とした大人の女性としての美しさを備えつつあった。
グランベルク伯爵家に養女として迎えられ、正式に貴族となったものの、ルーシィが舞う剣舞は、すでにニオールの平民達の間で評判を呼び始めているらしい。オーグスでは、あえて身分を隠さず、高位貴族として振る舞うことで、ルーシィとの関係を匂わせておいたが、ニオールに赴いたのは雪の日の一度きりだ。雪が深く人通りもほとんどなかったため、牽制にはならないだろう。普段、そばにいられない自分の代わりに、アリシアとリヒトが気にかけてくれているが、一目でタナトス辺境伯家の庇護下にあると分かるものを、贈りたいと思ったのだ。
要は、虫よけである。
「なるほど。タナトス家とグランベルク家の家紋を思わせる意匠をお望みなのですね」
「ああ、そうだ。婚約の証として贈る品だ。両家の架け橋となってくれる彼女に相応しいものとしたい」
タナトス家の家紋は、北領不動の守りの象徴である北極星と、危急に際しては一門を統率し疾く馳せる狼をあしらった、北狼の紋だ。
グランベルク家の家紋は、領の象徴たる高峰と東の空より昇りその峰を照らす旭光、空の頂より獲物を鋭く捕える鷹をあしらった、峰鷹の紋だ。
「宝石類は使わず、だが、素材は出来る限り良いものを使ってくれ。剣舞を舞う際に妨げとならぬようにしたい」
宝石類を使わないのは、盗賊避けのためでもあるのだと、アシュベルは刀匠に伝えた。
「承知致しました。ことさらに飾り立てず、上質な素材を用いましょう。神々に奉ずる剣舞に相応しい一振りに仕上げます」
刀身には上質な鉄を用い、鍔にはグランベルクの高峰とタナトス家の北極星をあしらい、鞘は東洋の黒漆に控えめな螺鈿と蒔絵を施すことを刀匠が提案した。
「私は若い頃に東洋に渡りその技を学びました。この辺りでこの技を扱える者は他におりますまい」
刀匠は、東洋から持ち帰ったという螺鈿細工が施された小物入れと、蒔絵の櫛をアシュベルに見せた。
「これは美しいな」
「螺鈿は貝、蒔絵には金や銀を用います。控えめにすれば華美にならず、漆黒の漆に合わせると夜空に光る星々を思わせます。タナトス家の北極星を表すのも良ろしいかと存じます」
アシュベルは、赤の森で星空の下ルーシィが剣舞を舞った夜のことを思い出した。刀身に纏わせた炎の魔力が消え、辺りが闇に包まれた後、静かに浮かび上がった星空のまたたき。それを鞘に映すことが出来れば、あの特別な夜を美しい思い出として留めておけるだろう。
「剣を納める絹の鞘袋に、小さくタナトス家の紋章を添えては如何でしょう。お嬢様はいずれタナトス家に迎えられるお方。お喜びになるかと存じます」
祭祀用の剣は神々に舞を奉納するためのものだ。あからさまな家紋を入れるわけにはいかない。鞘袋ならば持ち運ぶために使用するもの。房飾りに小さな家紋を忍ばせれば、タナトス家の庇護下にあることを示せるだろう。平民には分からずとも、貴族連中には伝わるはずだ。
はっきり言えば、平民にどう見られようとさしたる問題ではない。下衆な目で見られるのは不愉快ではあるが、それよりも厄介なのは高位貴族に目を留められることだった。
「では、鞘袋の房飾りにのみ小さく紋を忍ばせてくれ。ことさらに誇る必要はない。だが、分かる者には分かる程度で良い」
「承知致しました」
「よし、後は任せる。お前の見立てで、最高の一振りに仕立ててくれ」
刀匠にそう告げると、アシュベルは満足げに工房を後にした。




