第十一話 隔離①
産褥期をゆっくり過ごせるようにと、寝台ごと敷地内の離れに移されてから、侍女が四人に増えた。輿入れの際に付き添ってくれたばぁやは、マリアンネによって高齢を理由に解任され帰郷している。その後一人若い侍女を付けられていたが、それでは心許ないだろうと押し付けられたのだ。今更四人に増えたところで、監視されているとしか思えない。心労が溜まっているのか、体調はあまり良くない。アリシアは日に日に不信感が募っていた。
息子の名前はルーセントだそうだ。最近はよちよち歩きを覚えたらしい。産後すぐ引き離されてからもう一年。一度も会っていない。
本邸に行きたいのだけど、という希望は叶えられない。買い物に行きたいのだけど、という願いも叶えられない。馬にも乗れない。実家に手紙を書けば返事は来るが、どこか余所余所しい。息が詰まりそうだ。
ヴィンセントは週に二度ほど訪れて夜を共に過ごしている。優しい言葉を掛けてくれ、冷めた体を温めてくれる。ルーセントに会いたいと言えば、母上に頼んでみると言ってくれる。だが、それだけだ。親子三人で暮らしましょうと言ってみたこともある。だが、公爵家の一人息子としてそれは出来ないと言われてしまった。
それ以上喋らせないようにか、口付けられ寝台に縫い留められれば、もう何も言えなくなってしまう。人肌の温かみでもなければ、気が狂ってしまいそうだった。
「アリシア、きみの魔力は心地良い。まるで花のようだ」
と、ヴィンセントは言う。彼の耳元に顔を埋めれば、耳の裏の小さな黒子が目に付く。こしょこしょとそこをくすぐれば、むず痒そうにして首を傾げる。そうして戯れ合っていても、朝になれば一人だ。
「ねぇ、サティ。本邸から何冊か本を借りて来てくれないかしら。ここにある本は全て読んでしまったの」
暇を持て余していたある日、こう思い立ったのはほんの気まぐれだった。このくらいのことなら叶えられるかも知れない。アリシアの望みは小さなものになっていく。
「かしこまりました。どのような本をお望みでしょうか」
「そうね、魔法の本が良いわ。私はほとんど魔力がないから、魔法で魔獣を倒しちゃう人に昔から憧れてたのよね」
父は水の魔法を剣に纏わせていたし、辺境伯様の雷神のような魔法はとにかく格好良かった。ヴィンセント様の風の魔法も、アシュベルの炎の魔法も…剣技の試験は二人とも格好良かったな。アシュベルは元気かな。元気でいると良いな…アシュベルの笑顔を思い出せば、懐かしく涙が溢れそうになった。
サティは産後からアリシア付きの侍女となった。寡黙だが仕事は出来る。辛い時に側に居てくれたこともあり、何かと頼りになる存在だった。出産時に衝撃を受けたのか倒れてしまった若い侍女のルリも、今ではテキパキと仕事をこなしている。ただ、アリシアの現状が、二人に全幅の信頼を寄せることを許さなかった。
「何冊か見繕って参ります」と、二人で出て行くと、数十分後には二十冊ほどの本を重そうに抱えて戻って来た。
「こんなに沢山?重かったでしょう。ありがとう。よくお義母様がお許しになったわね」
「奥様は、本くらい何冊でも持って行きなさいと仰っていましたので、今後はお伺いを立てる必要もないかと」
「嬉しいわ。でも一応お声掛けはしておいて」
お茶を淹れて参ります、と二人は部屋を後にする。一冊手に取れば、著者名に見覚えがあった。
「ラウール・ザドキエル」
貴族院の魔法学の先生だわ、と思い出した。
アリシアは魔法を使えないため、別の講義を受講していた。そのため、話をしたことはほとんどない。そう言えば、図書館でたまたまお会いした時に、何故魔法学を受講しないのかと問われたことがあった。ほとんど魔力がなくて魔法を使えないのです、と言えば、もったいない!と嘆かれたのには驚いたものだ。先生は、本当に魔法がお好きなのね、と思ったのだが、その際こんなことを言っていた。
「魔力がほとんどないということは、魔力はあるということなのだよ」と。




