↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみの頬をなでる風になれたら  作者: 朝倉いろは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/121

第九十話 アシュベルと両親

 ルーシィをオーグスの自宅に送り届けた後、アシュベルは結婚の話を切り出すべく、実家に立ち寄った。

 アシュベルが実家に帰るのは、アリシアの手紙をフィデール子爵に届けた帰り以来、数ヶ月振りだった。

 家令と侍女達に迎えられると、ほどなく湯浴みの用意が整えられた。たっぷりの湯に体を沈めると、馬に乗り続けて強ばっていた体が解れていくのを感じた。

「はぁ…」

 大きく息を吐き、アリシアが調合した薬湯の香りを吸い込むと、張りつめていた心までほどけていくようだった。オーグスに立ち寄るたび、いつも持たせてくれる薬湯だ。以前から愛用している傷の治りを助ける薬湯とは異なり、筋肉の凝りを解し疲れを癒してくれるものだった。こんなに疲れているのは、馬を走らせている間中、結婚についてどう話をしようかと考えていたせいだろう。

「……情けねぇ…」

 いざとなると、どう話したものかと分からなくなる。兄姉達のほとんどは親が決めた政略結婚だった。三番目の兄だけは、貴族院で出会った伯爵令嬢との恋愛結婚だった。兄は両親にどんな風に話を切り出したのだろう。自分と同じように、緊張したのだろうか。

 アシュベルは頭まで湯に沈み、ブクブクと息を吐き出してから、勢いよく湯から上がった。身なりを整え、気合いを入れるように頬を軽く叩くと、

「よし、行くか」

 自分に言い聞かせるように呟くと、両親の部屋へ向かった。


 父母の部屋の前で一旦立ち止まり、ふうと息を吐いてから扉を叩くと、

「誰だ」

 と、短い返答に、アシュベルは少し緊張して背筋を伸ばした。

「アシュベルです。今、お時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「入れ」

 失礼します、と部屋に入ると、両親は午後のお茶を楽しんでいるところだった。

「久しいな、アシュベル。前線はどうだ」

「は。今は魔獣の出現も落ち着いております」

「そうか。まあ、座れ」

 アシュベルが座ると、母セラフィアがお茶を勧めてくれた。

「ありがとうございます、母上。いただきます」

「どうした、改まって」

 父シルヴィストの方から先に切り出され、アシュベルはお茶を喉に詰まらせかけた。ごほん、と咳払いをしてから、両親の前であらためて姿勢を正す。

「あの…実は、結婚を考えている女性がおります」

「まあ!まあ!やっぱり!」

「…え、と?」

「だって、シグルーンがイセラと結婚したいって言いに来た時と、全く同じなんだもの!」

 シグルーンは三番目の兄、イセラはその妻だ。

 …そうか、兄上も同じように緊張していたんだな。

 アシュベルは、なんだか兄に背中を押されているような気になった。

「落ち着け、セラフィア」

「もう、あなただって嬉しいくせに」

「それで、どこの家の令嬢だ?」

「はい、東部辺境領グランベルク伯爵家の養女として迎えられた娘です」

「グランベルク伯爵家は北にも名を馳せる武門の家だな。養女として迎えられたのはいかなる事情だ。元の出自はどこだ」

「彼女はもともと平民でした。しかし、類稀な魔力を持つことが分かり、祖父上のお力添えを得てグランベルク伯爵家の養女となりました」

「…父上がお認めになった娘、ということか」

「まあ。平民の娘と…なんだかアシュベルらしいわね」

 父は顎を撫で、腕を組んだまま思案するように目を閉じた。

「それで、娘が持つ類稀な魔力とは、いかなるものだ」

「はい。彼女は鼓舞の魔力の持ち主です。剣舞を舞うことで、我らを鼓舞することが出来ます」

「それはまことか」

「素晴らしいわ!鼓舞の魔力を持つ娘をこの地に迎えることが出来るなんて!」

「彼女は今、いずこにいる」

「グランベルク伯爵家に迎えられる前、彼女はノルディア領オーグスにある学校で家政を学んでいました。伯爵夫妻のおはからいで、卒業まで学ぶことが許されましたので、今はオーグスにおります」

「彼女の魔力のことを他の貴族に知られる恐れはないのか」

「オーグスにはアリシアとその夫リヒトがおります。稀有な魔力ゆえ、二人が近くで見守ってくれています」

「そうか」

「まあ。アリシアが?」

「はい。彼女に剣舞の稽古を勧めたのはアリシアなのです。それがなければ、彼女の魔力が知られることもなかったでしょう」

「…まったく、アリシアは今も昔も、あなたの一番の友ね」

「その通りです。遠く離れた今も、私の代わりに彼女を助けてくれています」

 父は腕を組んだまま、わずかに表情を和らげた。

「相分かった。一度、グランベルク伯爵夫妻も交えて、その娘に会うとしよう。娘の名はなんという」

「ありがとうございます、父上、母上。彼女の名はルーシィ・グランベルクと申します」

 

 頭を下げ、両親の部屋を出ると、廊下に大きな影が立っていた。

「じぃさま」

「おう、アシュベル。うまくいったか?」

「ああ。ルーシィに会ってくれると」

「そうか、良かったな!」

「……ありがとう、じぃさま…じぃさまのおかげだよ…」

 ガルヴァロス公は、がしがしとアシュベルの頭を撫でた。前線で勇猛に剣を振るうアシュベルも、じぃさまの前ではただの孫だった。そして、ガルヴァロス公にとってもまた、いくつになっても可愛い孫なのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。