第八十九話 新たな決意
グランベルク伯爵夫妻のはからいで、晩餐までの時間はアシュベルとルーシィ二人で過ごせることになった。
夫妻がルーシィに用意した部屋は、日当たりがよく、春の爽やかな風が通る角部屋だった。バルコニーからは整えられた庭園が見え、遠くにはグランベルク領の象徴とも言える高い山が見える。品の良い調度品に、香りの良い花がさりげなく飾られている。女性らしい柔らかな色合いのリネン類は新しく清潔で、鏡台には夫人が揃えたであろう化粧品などが並んでおり、待望の娘を迎えた喜びが溢れた部屋だった。
侍女がお茶を用意し、頭を下げて出て行ってから、ふぅ〜っと大きな息を吐いたのは二人ほぼ同時だった。
「ふふ」
目が合えば、二人に笑みが溢れた。
「疲れただろ?じぃさまはいつも突然だし説明が少ないからな」
「学校にでっかい馬で乗りつけて来たからびっくりしたわ。行くぞ!って言って馬に乗せられたの」
「はぁ〜…そりゃ驚くよなぁ」
「走りながら話はしてくれたけど…いざとなったら、ほんとにあたしが伯爵様の養女になって良いのかなって、少し不安だったわ…」
「まぁ、この部屋を見りゃ、伯爵夫妻が喜んで迎えてくれたことは分かるな」
「うん。アッシュよりも三日くらい早く着いてたんだけど、その間に色々と話をして…すごく優しくて、お兄様達も歓迎してくれたから嬉しかったわ…」
「そっか。良かったな」
「……あたしの本当の親、伯爵夫妻に迷惑掛けたりしないよね?こんなとこまで来ないよね?そんなことになったら、あたし…お詫びしてもしきれないわ」
「心配するな。お前は幸せになって良いんだ。絶対に守るから、俺と幸せになろうな」
「うん」
不安そうなルーシィを優しく抱き締め、背中をさすると、ルーシィはアシュベルの胸に体を預け目を閉じた。
「晩餐までゆっくりしよう」
「うん」
心地良い風に包まれ、寄り添って美しい景色を眺めながら、アシュベルはどうやったらルーシィを安心させてやれるのかと思案していた。役所には居場所を知られないよう届けているが…万一ルーシィの親が目の前に現れたなら、五体満足で済ませてやれる自信はない。むしろ、亡き者にした方が早いとまで思う。
それよりも、自分の両親に結婚の話をしなければ始まらない。成人と同時に結婚する貴族が多い中、アリシアのことがあり自由にさせてくれているが…もう良い歳だ。そろそろ縁談が舞い込んでも不思議ではない。平民のルーシィとの結婚は、タナトス家にとってうまみがなかった。身分の大きな差を納得させるだけの理由がなかった。結婚を許されなくても別れる気はなかったが、騎士という職業柄、ルーシィを遺して帰らぬ身となることも考えなくてはならない。その際に、公的な関係性がなければ、遺族に対する補償も何もない状態になってしまう。
だが、祖父の尽力でグランベルク伯爵夫妻との養子縁組が叶い、ルーシィは貴族籍を得た。グランベルク伯爵家は東の辺境領でも特に武門の名家として名を馳せている。そして、ルーシィには鼓舞の魔力があることが分かった。これで、両親や兄姉達を納得させるだけの条件は整ったといえるだろう。
「……よし」
両親に結婚したい相手がいることを告げよう。祖父や伯爵夫妻が、優しく背中を押してくれた。そして、一番の親友アリシア。彼女がルーシィに剣舞の稽古を勧めなければ、鼓舞の魔力は誰にも気付かれずに埋もれていただろう。感謝してもしきれない。
気を張っていたであろうルーシィは、傍らですぅすぅと愛らしい寝息をたてている。自分の側で気を緩めてくれているのだと思えば、ますます愛おしく思えた。
晩餐の席は先ほどまでの緊張もほどけ、和やかなひとときとなった。
伯爵夫妻は、専門学校を卒業したいというルーシィの思いを尊重してくれた。入学して半年での卒業はさすがに厳しいため、ルーシィは来年二月の卒業を目指すことになった。卒業後は嫁入りまでのひとときを親子として共に過ごし、グランベルク伯爵家の娘として北の辺境伯家へ送り出したいと、伯爵夫妻は穏やかに語った。
アシュベルとルーシィは、伯爵夫妻の思いに報いるためにも、それぞれに為すべきことを果たそうと心に誓った。




