第八十八話 ルーシィ・グランベルク
それからは、話が早かった。
アリシアとザドキエルの手紙を受け取ったであろうガルヴァロス公は、供も従えずに単騎でオーグスに訪れ、ルーシィを馬に乗せあっという間に東の辺境領へと駆けて行った。まるで攫われるような状況であったようで、専門学校の同級生達が慌ててアリシアの勤める薬茶店に駆け込んで来たほどだ。
「リーシュさん、大変!なんかでっかい馬に乗ったでっかいおじいさんが、ルーシィをどっかに連れてっちゃったわ!」
「あんまり綺麗だから、変な貴族に攫われちゃったんだわ!」
「あの人に連絡取れないの?ルーシィの彼氏!」
アリシアは同級生達に椅子を勧め、落ち着くようお茶を出した。
「…そのでっかいおじいさんは、多分ルーシィの彼氏のお祖父さんだと思うわ」
「えっ!?」
「ここだけの話だけど、ルーシィを貴族様の養女にって話が出てるの。それで連れてったんじゃないかしら…」
「えーっ!凄い!でも納得!」
「そうね。そんな話が出てもおかしくないとは思うわ」
「あの彼氏も貴族様なんでしょ?」
「えっと…そうみたい」
まぁ、アシュベルは隠している様子ではないので、そう返答しても問題ないだろう。同級生達は、なるほどねぇ〜とお茶を飲んでいる。どうやら安心したようだ。
「あのおじいさん、お武家様かしら。でっかい斧を背負ってたわ」
「斧を背負ってたなら間違いなく彼氏のお祖父さんね」
「良いな〜、お武家様ならルーシィの彼氏って騎士だよね?格好良いよね〜」
「私もお仕えするならお武家様が良いな〜」
「ルーシィの侍女になりたいな〜」
同級生達はひとしきり喋った後、騒がせたお詫びにと果物茶を買って帰って行った。
「…おじいさまったら…」
一体どんな連れて行き方をしたのか…なんとなく想像はつくが、ルーシィは大丈夫だろうかとアリシアは東の空を眺めた。
前線に祖父の使者が訪れ、急ぎ東部グランベルク伯爵家に罷り越すよう申し渡されたアシュベルは、恐らくはルーシィの件だろうと思いつつ馬を走らせた。アリシアから手紙が届き、ルーシィに特殊な魔力があることを知らされていたからだ。それにはルーシィからの手紙も添えられていた。優しい桃色の便箋に美しい手跡で綴られていたのは、アシュベルの体を気遣う言葉だった。手紙を読んで頬が緩むアシュベルを、他の騎士達は羨ましさを隠しつつ冷やかした。
北の辺境から東の辺境まではかなりの距離だが、単騎で馬を飛ばせば、想定よりも早くグランベルク領内に入った。一旦宿に寄り身なりを整えてから領邸を訪ねると、グランベルク伯爵夫妻が出迎えてくれた。
「遠路はるばるようこそお越し下さいました。ガルヴァロス公とルーシィ嬢もすでにお着きにて、アシュベル様をお待ちでございます」
「わざわざの出迎え、痛み入ります。祖父上もルーシィ嬢も無事と伺い、安堵致しました」
「では早速、お二人がお待ちのお部屋にご案内致しましょう」
グランベルク邸は武家らしい無骨な造りでありながら、伯爵の趣味の良さをしのばせる調度品がそこかしこに配されていた。
伯爵は応接間の扉の前で足を止め、内へ向かって声をかけた。
「ガルヴァロス公、ルーシィ嬢、アシュベル様をお連れ致しました」
「入れ」
久し振りに見る祖父は、いつもの砕けた雰囲気ではなく前辺境伯としての威厳に満ちた姿だった。要するに、見事な外面だった。ルーシィは緊張した面持ちでわずかに顔をこわばらせている。もっと早く駆け付けられれば…いや、自分も迎えに同行出来ていれば良かったのにと、アシュベルは思った。いつもいつも、祖父の行動は唐突で待ったが効かない。ルーシィは早速振り回されたのだろう。
だが、そんな祖父のことはアシュベルにとってもはやどうでも良かった。ルーシィはいつもの平民の娘らしい姿ではなく、肌を見せぬよう整えられた、すっきりと品の良いワンピースに身を包み、髪もきちんと結い上げられている。そこにいたのは、どこから見ても令嬢然としたルーシィだった。あまりの美しさに、アシュベルは言葉を紡げずにいた。
「どうした、アシュベル。ルーシィに声を掛けてやらんか」
ガルヴァロス公は厳しい顔のまま、わずかに笑みを含んだ声でそう言うと、アシュベルはハッと我にかえった。グランベルク伯爵夫妻は、そんなアシュベルの様子を微笑ましく見ていた。
「ま、待たせたな、ルーシィ。元気そうな姿を見て安心した。その……よく似合っているな」
「ありがとうございます…グランベルク伯爵夫人が見立てて下さったのです。アシュベル様もご無事でようございました」
「妻にとって、ルーシィ嬢のお支度を整えることはことのほか嬉しいことでした」
「とても楽しくお支度を整えさせて頂きました」
伯爵の後ろに静かに控えていた夫人も、和かな笑顔だ。
グランベルク伯爵家には四人の男子がいるが、娘には恵まれなかった。伯爵夫妻にとって、ルーシィを養女に迎えることは、長らく待ち望んだ喜びでもあった。
「さて、挨拶も済んだことだ。ここからは堅苦しい物言いは抜きにして、ルーシィをグランベルク伯爵家の養女とする話を詰めようじゃないか」
「お言葉、ありがたく存じます。北の辺境伯家とのご縁を結べますことは、我が東の辺境領にとってもこのうえなく心強いことにございます。ルーシィ嬢をお預かりするからには、我が娘として大切にお迎え致しましょう」
「うむ。我が辺境伯家へ嫁ぐ娘のことだ。金のことは案ずるな。入り用のものがあれば、思うままに支度を整えてやってくれ」
「もったいないお心遣いにございます。ルーシィ嬢は、わたくしどもが待ち望んでいた娘。心を込めて婚礼の支度を整えましょう」
「…何から何まで……ありがとうございます」
ルーシィは目元に涙を浮かべ、伏せがちに答えた。そんなルーシィを優しく支えるように、アシュベルはそっと手を握った。
ガルヴァロス公をルーシィの後見人として、養子縁組の手続きは滞りなく終わった。グランベルク伯爵夫妻、ガルヴァロス公、ルーシィ、四人の署名を終えた書面は、グランベルク家の家令によって役所に提出され、ルーシィは正式に貴族籍を得たのだった。




