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きみの頬をなでる風になれたら  作者: 朝倉いろは


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第八十六話 星空の炎舞

 肉を切り分け、鍋を火にかけ煮込む。薄切りにした肉は香ばしく焼いて山菜と共にパンに挟んだ。魚は食べやすい大きさに切り、串に刺して焚き火で塩焼きに、きのこ類はオイル煮にする。美味しそうな匂いが漂えば、なんだか急にお腹が空いてきた。

「おかあちゃんおなかすいた」

「今日はよく頑張ったね。もうすぐ出来るよ」

「ぼくがつったおかさな、あげるね」

「ありがとうね。レグルスも一緒に食べようね」

 料理が出来上がり、みんなで焚き火を囲んで座った。アリシアとアシュベル以外の面々は、野営の食事は初めてだ。

「訓練の時はこんなにのんびりしてないんでしょ」

「まあな。辺境に属する領の子供が集まって、班に分かれて天幕を張る速さを競ったり、食材の調達を競ったりもするぞ」

「なんだか楽しそうに聞こえるな」

「実際楽しいぞ。あんまりふざけると、めちゃくちゃ怒られるけどな」

「一晩中立たされたことあるよね。すっごく眠くて辛かったな」

「アリシアが怒られるの想像出来ないけど」

「あれ、なんで立たされたんだっけ」

「確か、馬が何頭か逃げたの。繋ぎ方が甘くて」

「そりゃ怒られるよなぁ」

 美味しい食事と酒で話が弾む。レグルスも自分が釣った魚を美味しそうに食べている。釣ったばかりの新鮮な魚は臭みもなくふっくらと焼けていた。リヒトも魚を食べてレグルスを褒めていた。


 思えば、結婚してからは夜空を見上げたことがなかったように思う。食後は焚き火を囲みながらお茶を楽しんでいた。ふと空を見上げると、満天の星空だ。

「ここは森の中だけど、開けているから星空がよく見えるね」

「綺麗だな」

「おほしさまきれいだねぇ」

 パチパチと焚き木が爆ぜる音がして、夜の鳥が低く鳴いている。

「私にはよく分からないんだけど、他人の剣にも魔力を纏わせることって出来るの?」

「出来るぞ」

「じゃあ、ちょっとやってみて欲しいんだけど…」

 アリシアはそう言って、護身用の剣を抜きアシュベルに渡した。

「俺の炎で良いのか?リヒトの風の方が良いんじゃないか?」

 アシュベルがそう言うと、何だか一言ありそうな顔でリヒトが見ている。

「ごめん、説明が足りなかったよね。今日さ、昼間にルーシィと話してたんだ。剣に炎を纏わせて舞ってみたら綺麗なんじゃないかなって」

「やろう」

 それを聞いたアシュベルは早速アリシアの剣に魔力を籠めた。ビリビリと雷が走るような、独特の炎が刀身を包んでいる。

 ルーシィは剣を受け取り、焚き火から少し離れた。剣に礼をし、すっと構える。刀身を纏う炎が揺れ、動きに従って尾を引いた。音楽は何もない。炎が燃える音だけが、静かな夜に響いていた。星空の下、そこは神の御前のように思えた。焚き火が篝火のようにも見え、美しいルーシィの横顔を照らしていた。炎の軌跡が、夜の闇に鮮やかに刻まれ、余韻を残しつつ消えていった。

 初めて見るルーシィの舞は、稽古を始めてから半年も経っていないとは思えないほどだ。レオンティウス神とセレスティアナ神を祀る神殿に仕える神徒ですら、習得に数年を要し、なお果てがないと言われる剣舞である。それでも、ルーシィはこのまま稽古を重ねればやがて舞の名手となるだろう。

 舞い終わり、ルーシィが礼をすると、アシュベルは炎の魔法を解いた。刀身を纏っていた炎がふっと消えると、辺りは暗さを増し、天上の星々がいっそう鮮やかに煌めいて見えた。

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