第八十五話 そとでおとまり
フィデール領には三日ほど滞在し、王都のスナイデル邸に立ち寄り馬車を返した後、従兄姉と離れたくないと大泣きするレグルスを宥めすかしてオーグスへ向かう乗合い馬車に乗り込んだ。ルーセントとルシェリも、レグルスともっと遊びたいと言って別れを惜しんでくれる。この先も仲良く育って欲しいものだ。
ルーセントとルシェリは、レグルスのおうちにいってみたいと言っていたが、叶えてあげるには難しい要望だ。オーグスは治安が良いとはいえ、公爵家の子供達を滞在させるには護衛が必要だ。三人住まいの小さな家だし、何より目立ちすぎる。だが、夏の時期に避暑をかねてフィデール領に滞在することは出来るかも知れない。
「おう、レグルス!久し振りだな!今日は外でお泊まりだぞ!」
「わあ〜そとでおとまり!やったぁ」
「アッシュ、久し振りね!ルーファスを鍛えてくれたんだって?」
「ああ、あいつぁダメだ。鈍りすぎ。婿入りしてからサボってたのが丸分かりだ」
「フィデール領にも魔獣は出るはずだけど…」
「子爵に頼りすぎなんだろ」
「また鍛えてあげてよ」
「今度はリヒトも一緒に来いよ」
「俺も良いのか?」
「おう、良いぞ」
「ぼくもいいの?」
「レグルスお前はもうちょいでかくなったらな!」
今日はリヒトとルーシィ、レグルスに野営と炊き出しを教えることになっている。オーグスを出て少し行くと王都との境に赤の森がある。この森には魔獣がおらず、美しい湖がある。そこに天幕を張るのだ。遠征時は生ものをあまり使わない。食中毒を起こさないためと、単に持ち運びと保管が難しいからだ。そのため、炊き出しに使うのは日持ちのする乾物が主だ。だが今回は山菜を採り、釣りや狩りで食糧を調達する予定だ。
「わぁ、赤の森にこんなに綺麗な湖があったなんて!」
「水も澄んでて、魚がたくさん見えるわ!」
「おかさなもとるの?
「釣りもやってみようね」
「よし、まず天幕を張るぞ」
全員で木陰に天幕を張ると、レグルスは大喜びで中に入りごろんと転がった。朝晩はまだ冷えるため中に毛織物を敷き、寝袋を運び入れた。その後は二手に分かれる。アシュベルとリヒトは狩りに出て行き、アリシアとルーシィ、レグルスは石を集めてかまどを組み、山菜を採るのが仕事だ。
「ここは水に困らないけど、基本的に遠征の時は水が貴重だから無駄遣いをしないように心掛けること。水魔法の使い手がいれば新鮮な水を出してもらえるけど、魔力を使うからね。使い手がいない時は水を煮沸して消毒するのよ」
「はあい!」
「今日はアシュベルがいるから火起こしも簡単だけど、火の魔石を使った火起こしもやってみようね」
「たきびもするの?」
「そうよ、焚き火でご飯を作るの。だからいっぱい山菜を採ろうね」
野草は食べられるものと食べられないものの見分けが重要だ。アリシアは簡単に見分けられるものをルーシィとレグルスに教えながら山菜を摘んだ。
「この山菜は、森だけじゃなくて平地にも山にもあるから覚えておいてね」
「こっちのはお腹の調子を整えるから遠征の時は特に好まれるわ。調子を崩す人も多いからね」
「レグルス!その葉っぱはダメよ!手が痒くなっちゃうよ」
気付けば籠の中は色々な山菜でいっぱいだ。三人は拠点に戻り釣りをやってみることにした。戻る途中に、魚の餌となる虫を採取する。この森はとても豊かだ。遠征や有事の炊き出しではこうはいかないだろうが、初めての経験で厳しすぎるとやる気をなくしかねない。二人には楽しみながらやり方を覚えてもらいたい。
餌を針につけ水中に糸を垂らしていると、静かな時間が流れる。春の心地良い風と、遠くで囀る小鳥の声を聞きながら、三人はじっと獲物を待った。
ちゃぷん、と魚が跳ねてそちらに注意を向けた時、レグルスの竿がしなった。
「わ!わ!おかさなつれたかも!」
「凄い!水に落ちないように気を付けて!」
急いで手助けに行くと、力強い引きを感じる。
「これ大物なんじゃない!?」
よいしょ、よいしょと引き負けないよう、少しずつ糸を手繰る。透き通った湖の中に黒い魚影が見えると、レグルスはわあっと声を上げた。
「お魚も疲れてるみたい。もうちょっと頑張ろう!」
魚は最後の抵抗も虚しく、レグルスの手によって釣り上げられた。
「凄いね、レグルス!おっきいね!」
「おとうちゃんとおにいちゃんにみせる!」
ルーシィも小ぶりの魚を釣り上げて大喜びだ。五人分の食事には十分な釣果だ。アリシアは生き締めのやり方を教えた。
「捌くのも水辺でやりたいところだけど、水を汚してしまうからやめた方が良いかな。この水は煮炊きにも使うからね。拠点から離れたところで捌いて、内臓は土魔法の使い手がいれば土に還してもらうわ。遠征では離れたところに深く穴を掘って埋めたりもするんだけど、肉食の獣や魔獣がいるところだと気を付けないといけないわ」
「じゃあどうするの?」
「だから遠征では乾燥させたものや、氷の魔法の使い手がいる場合は塊肉を凍らせておいたものを使うの。今日はアシュベルがいるから消し炭にしてもらお」
「…消し炭」
「火には浄化の力もあるから、供養の意味もあるのよ」
「そうなんだ」
ルーシィはアシュベルの魔法を直に見たことがない。風呂上がりに髪を乾かしてもらったことはあるが、どうやっているのか見たことがない。今日は魔法を見られるだろうか。少し楽しみだ。
「炎の剣舞も素敵だと思うのよね〜」
「あたし、あんまり魔力ないよ?」
「魔力を帯びさせてもらえば出来そうじゃない?アシュベル喜ぶと思うな〜。私の護身用の剣があるから、夜にやってみない?」
「うん、やってみる」
そう話しながら調理の準備をしていると、狩りに出た男性陣が戻ってきた。兎二羽と雉を手にしている。
「うわあおにく!」
「リヒトの風魔法すげーぞ。弓の威力と精度が上がるのなんのって」
「役に立って良かったよ」
「ヴィンセントも悪くなかったけどな。お前の方が実践向きだな」
そう言われると悪い気はしない。リヒトは少し照れ臭そうだ。
「もう捌いてきたの?」
「おう、消し炭にしてきた」
「…ほらね」
アリシアとルーシィは顔を見合わせて笑った。アシュベルは「なんだ?」と不思議そうな顔をしている。
「魚の内臓も処理してくれる?ルーシィに魔法を見せてあげてよ」
「おう」
「これぼくがつったの。おかさな」
「レグルスが釣ったのか?凄いじゃないか!」
「でっかいのが釣れたな!」
みんなに褒められて嬉しそうなレグルスを、リヒトは抱き上げて頭を撫でた。
「よし、じゃあ向こうで魔法を見せてやる。レグルスも来るか?」
「うん」
アシュベルはきちんと魔法陣を描き、省略せずに呪文を詠唱した。浄化と供養の炎は美しく、一気に燃え上がり僅かな炭を遺して消えた。
神殿育ちのレグルスは、誰に言われることもなく命の糧となってくれた恵みに感謝の祈りを捧げていた。
※誤字を見付けましたので修正しました!




