第八十三話 許し
フィデール子爵を先頭に領邸の敷地に入ると、夫人、オリアナを始め使用人総出で出迎えてくれた。下位貴族であるフィデール家の使用人達は、その殆どがフィデール領の平民達だ。本来なら一生会うこともない公爵閣下を前に、皆緊張していることだろう。しかし、レグルスを抱いたアリシアが馬車から降りる姿を見た使用人達は、皆憚りもせず涙を流した。夫人とオリアナは耐えているようだった。スナイデル公爵に促され、アリシアが出迎えた屋敷の者達に声を掛けると、お帰りなさいませと涙を拭きながら頭を下げた。一番泣いていたのは、輿入れの際に付き添ってくれたばぁやだった。
応接間に通されたスナイデル公爵は、フィデール子爵家族に対し改めて謝意と詫びを述べた。
「まずは、私の訪いをお受け下さったことに感謝申し上げる」
公爵から丁重な礼を述べられた子爵夫妻と娘夫妻は、恐縮のあまり面を上げられずにいた。
「どうか面をお上げくだされ。私は本日謝罪に参ったのです。私の妻子がそなたの御息女に対し許されざる振る舞いをしたこと、まことに申し開きのしようもない」
「もったいなきお言葉でございます。此度のこと、胸の痛む思いはございましたが、閣下が自らお詫び下さったことは、当家にとりまして過分なお計らいでございます。国王陛下より裁可も下っておりますれば、これ以上の沙汰を望むものではございませぬ」
「寛大なる言葉、痛み入る。その厚意、深く心に刻もう。此度のこと、公爵家として決して忘れはせぬ」
応接間は静まり返り、誰一人として言葉を紡げずにいた。さて、どうしたものかと誰もが思っていたその時、大人達に助け舟を出したのは幼子達だった。
オリアナの子エディスがぐずり始め、レグルスがとことことエディスの元へ走って行く。
「どうしたの?おなかすいたの?かあいいね」
ルーセントやルシェリもそうだったが、自分よりも小さな子を前にすると、年上としての自覚が芽生えるのだろうか。オリアナがしゃがんでレグルスにエディスを見せると、自分が親にしてもらうように、とんとんと肩を叩いてあやしている。その微笑ましい姿に、大人達の緊張も緩んだ。
「お茶が冷めましたな。淹れ直しましょう」
「いや、お気遣い有難いが、ここはご家族でゆっくり過ごされよ。私共はしばし外しましょう」
スナイデル公爵がアリシアとフィデール子爵夫妻、オリアナ夫妻に目配せをして頷いた。
「ありがとうございます、お義父様」
「お言葉に甘えさせて頂きます。では、皆様をお部屋にご案内致しましょう」
フィデール子爵は領邸で最も格式の高い客間に公爵を、控えの間にリヒトを案内し、護衛騎士達と離れの侍女達にもそれぞれ部屋を用意した。湯浴みの用意も整えられ、晩餐までは旅の疲れをゆっくり癒すことになった。
家族だけになった応接間。何から話したものか。
「ごめんなさい、こんなことになって…」
「何を言うの。あなたが悪いことなんて一つもないわ。あなたの訃報が届いた時には胸が張り裂けそうだったし、偽りだったと聞かされた時には本当に腹に据えかねたけれど…あなたの顔を見たら全部飛んで行ってしまったわ」
「私もだ。花畑でお前を見た時、私の天使が戻って来てくれたことが奇跡だと思ったよ。よく一人で頑張ったな」
「お姉様、本当に生きてるのね…また会えるなんて夢みたい」
「オリアナの花嫁姿を見たかったわ。ルーファスも元気そうで良かった」
「こないだアッシュ兄様に引き摺られて前線に行ったのよ。げっそりして帰って来たわ」
「死ぬかと思いましたよ。アシュベル様は強すぎます」
「アッシュはエーデルハイドの翼竜も倒したのよ」
「それ、ご本人から聞きました。リヒト様を助けに行ったとか」
「そうなの。アッシュがいなかったら、リヒトは死んでたかも知れないわ」
「リヒト様って物静かな方ね」
「緊張してるだけだと思うわ」
「あの方が神託のお相手だったのね」
「そうなんだけど…みんなにちゃんと紹介したいから、ちょっと待っててくれる?」
アリシアはそう言って、控えの間にいるリヒトを迎えに行った。リヒトはひょっこり現れたアリシアを見て、もう良いのか?と問いかけた。
「あなたを家族に紹介したいから、一緒に来て欲しい」
リヒトは緊張するな…と言いながら頷いた。アリシアが手を握れば、緊張のあまりなのか冷えている。両手で包んで温めた。アリシアの両親に会うのは二度目だが、リヒトとして会うのは初めてだ。きちんと挨拶をして結婚の許しを得たい。リヒトはアリシアをエスコートしながら応接間に向かった。
「お初にお目にかかります。スナイデル公爵家次男のリヒトと申します。フィデール子爵ご夫妻には、アリシア嬢との婚姻をお許し頂きたく、心よりお願い申し上げます」
「いきなりすぎない?」
色々と言葉を考えていたリヒトだが、夫妻を前にして言葉が飛んでしまったらしい。一言目がこれだ。
「…なんか…色々飛んでしまって」
「ふふ、そんなに緊張なさらないで」
思わず笑ってしまったのは夫人のオフィリアだった。
「…もう子も授かっており…本来あるべき順を違えましたこと、まことに申し訳なく、お詫び申し上げます。…ですが、神託の有無にかかわらず、私にとってアリシア嬢ほどかけがえのないお方はおりません」
リヒトは夫妻に頭を下げ、もう一度婚姻の許しを願い出た。
「順を違えたことは、思うところがないとは申せませぬが、神託の有無にかかわらず娘を大切に思ってくださること、親としてこれほど有難いことはございませぬ」
フィデール子爵はリヒトの手を取り、
「どうか、娘をよろしくお願い致します」
そう言って、二人の結婚を許した。




