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悪役令嬢に転生した魔王信長、婚約破棄されたのでアイドル聖女を焼き払ったら、最強男たちに溺愛されました。  作者: おおたまらん


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第8話:「大うつけ(愚か者)」と呼ばれた魔王。黄金の天守閣での祝杯と、熱を帯びる軍師の瞳

 安土城の最上階、天守閣。

 中心部を貫く大胆な吹き抜け構造により、下層から吹き上がる夜風が黄金の装飾をかすかに鳴らし、眼下に広がる黄金都市の熱気を運んできます。月光が白亜の壁を青白く照らす中、約束の時間は訪れました。


「……ミツルギ先輩。この天守閣の眺め、最高だわ」


 ノエルの声に、手すり際で夜景を眺めていた男がゆっくりと振り返りました。


「実に久しぶりですね。貴方に『先輩』と呼ばれるのは」


 背後の明るすぎる街の光が逆光となり、ミツルギの眼鏡が白く反射します。しかし、彼は常に完璧だった軍服の第一ボタンを緩やかに外し、眼鏡を指で押し上げました。隙のない態度を少しだけ崩し、かつて学院で机を並べた『先輩』の顔で、微かに微笑みます。


 ノエルは、ドワーフの里から取り寄せた最高級の葡萄酒を二つの硝子杯に注ぎ、眼下に広がる安土の不夜城を眺めるミツルギの隣に立ちました。

 彼はノエルから贈られた硝子杯を傾け、深い紅色の液体を一口、喉に流し込みます。瞬間、魔力が全身を巡り、思考が極限まで研ぎ澄まされていくのがわかります。


 一方のノエルも、上機嫌な彼に付き合うように、自身の杯にそっと口をつけました。


「……素晴らしい。この安土しろの鼓動と、この葡萄酒さけ。これほどの高揚感は、学院の図書館で禁書を読み解いていた時以来だ。期待以上の代物です。……王都は今、別の『毒』に焼かれていますから」


 ミツルギの口から語られた王都の現状は、おぞましく、かつ無惨なものでした。


「聖女エマ……。彼女は今や民衆の正気を吸い取り、熱狂を煽る『悍ましき憑き物』と化しています。民は明日のパンや住処を売り払ってでも、何の魔力も宿っていない彼女の顔が描かれた紙切れに全財産を投げ打っている。彼らは保存用だの布教用だのと念仏を唱えながら、全く同じ柄のゴミを何十個も買い集めている。なんの発展性もない、実に資源の無駄遣いだ」


 国が内側から腐り落ちていく凄惨な報告。しかしノエルは、杯を傾けながら感嘆の息を漏らしました。


「一国の王族まで完全に心酔させるとはね。大衆を熱狂させるだけでなく、為政者すらも意のままに操るその手腕。……敵ながら見事と言うほかないわ」


「…………ノエル様」


 ふいに、ミツルギの声の温度が一段下がりました。

 ノエルがいぶかしげに視線を向けた、その瞬間。ミツルギは手にした硝子杯を窓辺に置き、一歩踏み込んで、ノエルを背後の黄金の柱へと乱暴に追い込みました。


 逃げ場を塞ぐように、その長い腕が彼女の耳の横で音を立てて柱を叩きます。


「ミツル、ギ……?」


 予想外の行動と、回り始めた僅かな酒の酔いで足元がふらつき、ノエルは微かに息を呑みました。


 実はノエルは、類まれなる魔力と頭脳を持ちながら、お酒には極端に弱い『下戸』だったのです。先ほど彼に付き合って少し無理をして口にした葡萄酒が、今になって熱となって全身を巡り、必死に保っていた魔王としての平静を甘く溶かし始めていました。


 至近距離で見下ろしてくる琥珀色の瞳には、普段の冷徹な理性ではなく、ひりつくような熱が揺らめいています。


「貴女の口から、あのくだらない女への賞賛など聞きたくはない。……私が心底褒め称え、平伏したいのは、他でもない貴女の才覚だけだ」


 その熱を帯びた言葉に、ノエルの脳裏にもある鮮烈な記憶が蘇っていました。



 ――数年前、王立魔法学院の図上戦術演習室。


 盤面を囲む生徒たちが、一人の少女の信じられない一手にどよめいていました。


『……敵の強力な魔法障壁に対し、魔法での対抗を放棄するだと!? 正気の沙汰ではない!』


『味方を犠牲にしてまで補給線を断つなど……騎士道に反する野蛮人の策だ! 公爵家の血を汚す『滑稽な異端エトランゼ』め!』


『間違いない、あいつは魔法という神の恵みをドブに捨てる、叡智を欠いた『才能のなり損ない』だ!』


 教官ですら顔をしかめ、周囲がノエルに冷徹な蔑みと嘲笑の言葉を浴びせて立ち去る中。彼女はただ一人、退屈そうに盤面を見つめていました。


(……どいつもこいつも、魔法に頼り切った教科書通りの常識に縛られた退屈なものばかり)


 そう諦めかけた時、ただ一人、ミツルギだけが彼女の席へと歩み寄ってきたのです。


『なぜ、あのような陣立てを? 魔法障壁という絶対の盾を無視するなど、常軌を逸している』


 問いかけるミツルギの瞳には、軽蔑ではなく、純粋な探求の熱がありました。ノエルは淡々と答えます。


『魔法は術者の魔力や精神状態に左右される、不安定なものよ。でも、物理法則や兵站の概念は違う。食料や魔力経路を焼かれれば人は必ず干上がり、地形の理を利用すれば確実に足が止まる。私はただ、最も不変で確実な「ことわり」を選んだだけ』


 その答えを聞いたミツルギは、雷に打たれたように目を見開き、やがて深く、歓喜に満ちた笑みを浮かべました。


『……素晴らしい。皆が魔法という児戯に興じ、貴女を愚かだと罵る中、貴女だけが本当の盤面を見ている。完璧な最適解だ』


素晴らしい。


 その一言に、ノエルは微かに目を見開きました。「才能のなり損ない」「大うつけ(愚か者)」と悪口を言われ、滑稽な異端だと蔑まれてきた彼女の「理」を、身内以外の貴族が真っ向から理解し、褒め称えてくれたのは、その時が初めてだったのです。――



 現在。

 ミツルギの顔がさらに近づき、甘い葡萄酒の香りと熱い吐息が、ノエルの肌を掠めます。


「誰に才能のなり損ないと罵られようとも、魔法という幻影を叩き割り、盤外の真理を見通す貴女の背中を、あの演習の日からずっと追ってきた。……だからこそ、貴女には、あの悍ましき王都の有象無象などではなく、私が貴女のために敷く盤面だけを見ていただきたい」


 情熱的な告白のような響きに、魔王として君臨していたはずのノエルの赤い瞳が、小さく揺さぶられました。酒のせいだけではない熱が耳の先まで広がるのを感じながら、彼女は視線を逸らさずに聞き返します。


「……あなたが敷く、盤面?」


「ええ。安土城は完成しました。次は、王都の喉元に『牙』を突き立てる番だ」


 先ほどまでの熱を帯びた囁きから一転。ミツルギの声のトーンは、深淵を覗き込むように一段低く沈み込みました。


 感情に任せて声を荒らげるのではなく、極限まで圧縮された空間を制圧するかのように、その声量は夜の天守閣の空気をビリビリと共鳴させるほどの凄まじい響きを帯びたのです。


「『安土商会』を王都のど真ん中に設立しましょう。聖女が熱狂という名の毒で民を操るなら、我々は食料と日用品、逃れられぬ『ことわり』で奴らの生活圏を根底から掌握するのです」


ことわり』。それはノエルが好んで使い、かつて魔法という常識を叩き割った彼女の代名詞。

 ミツルギはその一言を、まるで神の教典を読み上げる狂信者のように大仰に、極上の敬意と執着を込めて響かせました。


 至近距離から叩きつけられる、冷徹で鮮やかな戦略と、重すぎるほどの賛美。

 ノエルは鼓膜を打つその知的な覇気に肌が粟立ちそうになるのを抑え、先程の胸の鼓動を悟られまいと、努めて余裕のある笑みを返しました。


「あなたも大概大胆なことを思いつくわね。……実は私も、同じことを思っていたの」


「……本当は、貴方が追放の命を受けた時、私は」


 ミツルギは恍惚とした表情を浮かべ、吸い寄せられるように、ノエルの白い頬へと手を伸ばしました。長い指先が彼女の柔らかな肌に触れ、そのまま顎をすくい上げようとした、その瞬間——。


「ダタタタタタタッ!!」


 天守閣の階段を、何者かが猛烈な勢いで駆け上がってくる足音が響き渡りました。


「 失礼いたします、ノエル様……ッ!!!」


 待ちきれずに息を切らして飛び込んできたのは、小姓のランでした。彼はノエルに触れようとするミツルギの手を見るや否や、燃えるような嫉妬の視線で射抜き、二人の間に強引に割り込みました。


「21時です! 門限の時間です!!」

「……ラン?」


 アルコールで少しぽやっとしているノエルに対し、ランは必死の形相で捲し立てます。


「これ以上は看過できません! 22時にはご就寝いただかないと、ノエル様の至高の美貌に障ります! 眼鏡蛇の長話に付き合っている場合ではありません、さあ、自室へ戻りましょう!」


 絶対に二人きりの時間は許さないというランの強引すぎる邪魔立てに、普段は完璧な軍師であるはずのミツルギが、微かに、しかしはっきりと舌打ちをしました。

 彼は忌々しげにノエルの頬から指を離し、冷たく口角を上げます。


「……忠義な小姓だ。 ではノエル様、続きはまた明日」


「ええ、おやすみミツルギ。……行きましょう、ラン」


 ノエルはミツルギに背を向けると、ランに急かされるように天守閣を後にし、居住区である屋敷へと向かいました。


 黄金の天守閣に一人残されたミツルギは、冷めた葡萄酒のグラスを揺らしながら、暗い炎の宿る瞳で彼女の後ろ姿を静かに見送っていました。


 一方、屋敷へと続く渡り廊下。

 ミツルギの視線から完全に逃れると、ランはあからさまに安堵の息を吐き出しました。


 現在、安土城でノエルの身の回りの世話をしている小姓は、ランだけではありません。ノエルは身分や血筋という王国の古い常識に囚われず、平民であっても魔法の才がある優秀な少年たちを何人も見出し、側近として取り立てていました。


 しかし、その中でもランは、彼女にとって極めて特別な立ち位置にいます。

 ノエルが『いざという時のため』に密かに開発を進めている最新鋭の兵器『三段銃』。その存在を知り、鉄砲蔵への立ち入りを許されているのは、数いる小姓の中でもランただ一人なのです。


 それは、ノエルが密かに研ぎ澄ませている「静かな牙」。

 表の盤面を支配する完璧な軍師――あのミツルギにすら、絶対にバレてはいけない裏の切り札だからこそ、最も忠誠心が厚く、彼を毛嫌いしているランだけがその秘密を共有していました。


「ノエル様。あの眼鏡蛇、絶対に油断なりません。いくら軍議とはいえ、あまり近付かないでください」


 ぷいっとそっぽを向いて不満を漏らすランに、ノエルは苦笑しながらその頭を優しく撫でました。


「ええ、分かっているわ。……だからこそ、あなたに『あそこ(鉄砲蔵)』を任せているんじゃない」


「……っ! はいっ!!」


 主君からの絶対の信頼を示す言葉に、ランは先程までの不機嫌を吹き飛ばし、顔をパッと輝かせて深く頷きました。

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