09 エリックは想い人ではなかったみたいです
「ええ。どうしたら両親を説得できるか、アル様に相談にのってもらっていたんです」
できるだけ丁寧に、余計な感情が出ないように答える。
そう伝えると、ギルツハークの顔色が変わった。
隣のエリックが変な顔をしている。
一瞬だけ空気がピリッとした。
「あ、アル…?アルって、お前のことか?」
ギルツハークがアルベルトを指さす。
その動きにエリックがすぐ反応し、指先を軽くはたいた。
「人を指さしてはいけませんよ」
軽い音がして、緊張が少しだけ和らぐ。
イチャイチャしている最中だのようだ。
ぜひ、別のところでやってほしい。
「そうだよ。アルとディアの仲だから。君は、君の想い人と仲良くすればいいよ」
アルベルトがギルツハークとエリックを見ながら、そう言ってニヤニヤしている。
もしかしたら、アルベルトにはギルツハークの想い人がわかったのかもしれない。
さすがだ。
さすが、チャラ男。
「っ゛、だから、なんでそうなるんだ!」
ギルツハークの声が少し大きく響いた。
どうしてだか、ギルツハークが怒っている。
最近、怒りっぽいんじゃないだろうか。
ギルツハークのことはだいたい知ってるつもりだったけど。
怒っている理由を考えて首をかしげる。
勉強がうまく進んでない、とか?
ふと、そんな可能性が浮かぶ。
いや、ギルツハークに限って勉強がうまくいかないなんてことはないだろう。
「はっ!」
思いついた瞬間、思わず声が出る。
わかってしまった。
一人で納得するように頷く。
私がハッとしていると、ギルツハークが私を見て叫んだ。
「違うから。ディア、君は思い込みが激しすぎるところがちょっとした欠点なんだよ。…そこも…あれなんだけど」
そう言って顔を赤らめている。
いつもと違う表情に少しだけ戸惑ったけど、気持ちを切り替える。
何が違うというのか。
「いいのです、ギルツハーク様。そうですよね。私がもたもたしてなかなか婚約を解消できないからイライラされていたんですよね。すみません」
できるだけ落ち着いた声を作り、丁寧に頭を下げる。
そうに違いない。
だからわざわざ、エリックと一緒に私がちゃんと婚約を解消するために頑張ってるか見に来たんだ。
ギルツハークの隣で変な顔をしていたエリックがひとつ息を吐いて発言した。
「うん。だから、違うんだって。お前も大変だな」
エリックがギルツハークの肩を軽く、ぽん、と叩いた。
少し力の抜けたその動きに、ギルツハークはわずかに眉をひそめ、目を伏せている。
アルベルトは少し離れた位置で、椅子の背にもたれながらクスクス笑っている。
何かおかしなことを言ってしまっただろうか。
視線だけをゆっくりと動かしながら、3人を見た。
「あのさ、クラウディア嬢。ギルツハークの想い人ってのは誰だと思ってるの?」
エリックが少し身を乗り出すようにして、私にそう尋ねてきた。
「え…?」
エリックは何を言ってるんだろう。
私は瞬きを二度、三度と繰り返しながら、その意味を考えてみた。
まさか、私に自分だと当ててほしいんだろうか。
そんな考えが頭をかすめて、思わず胸のあたりを押さえた。
「えっと…」
そう言って、ちらちらとエリックを見る。
エリックが、この世の終わりみたいな顔をした。
大げさに肩を落とし、天井を仰ぐように目を閉じる。
「もしかして…いや、恐ろしくて考えたくもないけど。俺がギルツハークの想い人だと思ってる?」
エリックがそう言うと、アルベルトがとうとう堪えきれない様子で笑いだした。
椅子の背に手をつき、体を折りながら肩を震わせる。
「あはははは…いやぁ、もうちょっと、そう思わせたかったのに…あはははは」
アルベルトがそう言った。
「なっ゛!!デ、ディア!俺がエリックを…え、エリックを?」
ギルツハークが一瞬で表情を崩し、言葉が途切れ途切れになる。
「クラウディア嬢…そんな恐ろしいこと考えないでよ~」
そう言って、エリックは両手を振りながら後ずさりし、半泣きのような顔を見せる。
パニックになっているギルツハークが「俺は、女が好きなんだ!」と言って私を見た。
必死に訴えるような目だった。
女…そうか。
エリックじゃなくて、女性の想い人がいらっしゃるのね。
想い人がエリックではなかったことに、少しだけホッとしている自分がいた。
どんな相手とでも祝福すると思った自分は嘘だったんだろうか。
ホッとしたことを隠すように首を振った。
自分の中の気持ちはさておき。
ギルツハークの想い人はエリックじゃなかった。
じゃあ誰なのか。
胸の奥で小さな疑問が膨らんでいくのを感じる。
気にはなるけど、ここまで隠すということは私に知られたくないのかもしれない。
ともかく、恋人契約でアルが恋人のフリをしてくれることになったし。
婚約解消について話を進めていこう。
まずは私の両親を説得して、それから、ギルツハークの両親を説得する。
完璧。
胸の中で小さく頷き、計画を整理する。
「あ、ギルツハーク様。今日の放課後、円満婚約解消について話し合いたいんですが、お時間はありますか?」
そう声を掛けると、ギルツハークは少し困った顔をして、一度視線を床に落とす。
それからもう一度私を見た。
「そうだね。しっかり話をしないといけないね」
そう言って、放課後に時間をとってくれることになった。




