08 本当のことを話しておくことにします
アルベルトは、私に恋人契約を提案してくれた。
軽い冗談のようだけど。
ちらっとアルベルトを見る。
「ディアはギルツハークと円満に婚約を解消したいんだろ?しかも、ギルツハークのために、できるだけ早く…」
そう言われて「はい」と答える。
短い返事なのに、妙に重みがあった。
できるだけ早くしないといけないと思っていたのに、うっかりしていた。
「でも、今のところ、ディアが好きになれる人が見つからない、と」
そこまで言って、アルベルトは複雑そうな顔をした。
ほんのわずかな迷いが見える気がする。
「…そうなんです」
小さく息を吐くように答える。
「だったら、俺が恋人のフリをしてあげるよ。もちろん、本当に好きになってもらってもいいけど」
アルベルトは軽い笑みとともに、もう一度、恋人契約を提案してくれた。
肩の力が抜けた仕草に、空気が少しだけ軽くなる。
ギルツハークとアルベルトでは、色々と正反対だ。
並べて考えると、その違いがはっきりわかる。
ギルツハークは無口、無表情、一生懸命。
静かな努力だけが印象に残る人物だ。
アルベルトはおしゃべり、表情豊か、そして…いいかげん。
言葉と動きが常に先に出るような軽さがある。
女性に対しても、チャライ。
私の了承も得ずに、愛称呼びしてくるくらいだもの。
「…嬉しいのですが。その…ギル様、じゃなかった、ギルツハーク様とあまりにも違いすぎて…疑われないでしょうか」
言いかけた言葉を慌てて飲み込み、視線が一瞬だけ横へ逸れる。
愛称のことを考えていたからか、ギルツハークを愛称で呼びそうになってしまった。
小さく息を吐く。
「むしろ、全然違うタイプのほうが婚約解消に現実味が出るんじゃない?あ、俺のことも、アルって呼んでよ」
アルベルトの軽さを感じる言葉に、少しだけ空気が柔らいだ気がした。
アルベルトにそう言われたから、試しに「アル」と呼んでみた。
慣れない響きに少しだけ間を置いてから、小さく声に出す。
言い慣れないから、やっぱり違和感があった。
「恋人っぽくていいじゃん。ディアにアル。ね?」
アルベルトは満足そうに頷き、少し身を乗り出して私の反応を見守っている。
その距離の近さに、頬がわずかに熱を帯びた。
少し悩んだけど。
現実問題として、これからすぐに恋ができるかわからない。
だから、とりあえずお言葉に甘えてみることにした。
「で、どうやって婚約解消にもっていくの?」
アルベルトがそう言って、私の顔をのぞきこんだ。
視線が正面から重なり、言葉を探すように一瞬だけ間が空く。
恋人のふり。
わかってるけど、ちょっとだけ意識しそうになる。
「まずは、私の両親を説得してみます」
自分の気持ちを否定するようにゆっくりと言葉を紡ぎ、静かに頷いた。
そもそも、ギルツハークとの婚約は私とギルツハークの両親が勝手に決めた話だ。
思い返すと、少しだけ肩が重くなるような気がした。
た家族から「今日から彼があなたの婚約者よ」と紹介された日のことを思い出した。
その日も私は、母に丁寧に髪を整えられ、淡い色のドレスを着せられながら、何か大切な予定があるのだとぼんやり理解していた。
「いいこと、ディア。今日はとても大事な日なのよ」
鏡越しに微笑む母は優しくて、すごく嬉しそうにしていて。
母が嬉しそうだから、私も嬉しかった。
「大事な日…ですか?」
幼い私は首をかしげる。
「ええ。あなたのこれからを決める、大切なご挨拶の日よ」
そう言われても、幼かった私は、その意味を深く理解することはできなかった。
ただ、家族がそう言うのなら、それはきっと正しいことなのだと思った。
高い天井には豪奢なシャンデリアが輝き、磨き上げられた床には窓から差し込む光が反射していた。
静まり返ったその空間には、大人たちの落ち着いた声だけが響いている。
父は厳かな表情で私を呼び寄せた。
「ディア、こちらへ」
私は裾をつまみながら、静かに父のそばへ歩み寄る。
そこには、真っ直ぐ立つギルツハークの姿があった。
まだ若く幼い。
「今日から彼があなたの婚約者よ」
母が当然のことのようにそう告げる。
「こんやくしゃ…?」
聞き慣れない言葉に小さく瞬きをすると、父が静かに続けた。
「そうだ」
「お似合いよね」
母も穏やかに言葉を重ねる。
「お似合いだこと」
「実に素晴らしいご縁ですな」
そんな声が周囲から上がる。
私はその言葉の意味を深く考えることなく、ただその場にふさわしいよう微笑もうとした。
家族が決めたことなのだから、きっとこれが正しいのだろう。
疑問を抱く余地もなく、私はそれを受け入れていた。
そうして、なにもわからないまま、私はギルツハークの婚約者になっていた。
あのころのギルツハークは…どんな男の子だったっけ?
あまりにも昔のことすぎて、記憶がぼんやりしていた。
それはともかく。
だから、お互いの両親さえ納得させられれば婚約は解消できるはずだ。
お互いの両親さえ納得すれば…って、それが1番難しいんだけど。
机の上に視線を落としながら、現実の壁を思い知る。
「また、2人でいるのか?」
突然かけられた声に反応して顔を上げると、ギルツハークが立っていた。
その隣にはエリックもいて、いつも通り、距離感が自然に近い。
やっぱり、仲がいいんだなと思う。




