07 アルベルトに愛称で呼ばれて驚きました
そこへ、アルベルトがアイスのキャラメルマキアートというのを持ってきてくれた。
透明なグラスの中でクリームが高く盛られている。
生クリームがもりもりの、ドリンクというよりスイーツ。
「こ、これが、アイスのキャラメルマキアートなんですね」
初めて飲む…食べる?
見た目の情報量に圧倒されて、少しだけ固まるった。
ストローで飲むらしく、一生懸命吸ったけど、生クリームしか出てこない。
ナイフかスプーンがいるのでは?
口の周りが甘くなる。
「…甘いです」
ギルツハークに嫌われないようにと、食事にも気をつかっていたから、こんな甘いものを食べたのも初めてかもしれない。
ぱあっと顔が明るくなったのが自分でもわかる。
頬が自然にゆるんでしまう。
「甘いもの、好きなんだ。可愛い」
アルベルトがそう言ってくれて、驚いた。
聞きなれない言葉に、一瞬動きが止まる。
「…え?私、可愛い?」
男性から言われたことない、そんなこと。
戸惑いと照れが一気に押し寄せる。
「か、可愛いわけがないだろう。君は、そんな男の言うことを信じているのか?」
そう言って、ギルツハークが怒りだした。
声が強くなり、視線が鋭くなる。
自分で可愛いと思っているわけじゃないけど。
可愛いわけがないだろ、は失礼じゃない?
いや、自分でも可愛いなんて思ってないけど、だよ。
「だいたい、こんな糖分しかとれない飲み物を飲んで、何がいいんだ。喉を潤すことも、体を温めることもできないじゃないか」
ギルツハークがそう言って私の手を取り「帰ろう」と言った。
たぶんだけど、キャラメルマキアートは喉を潤したり、体を温めたいときに飲むものじゃない。
ギルツハークの指摘は、的外れもいいところだろう。
ただ、ギルツハークの手は少しだけ強く、逃がさないように握られている気がした。
ため息が漏れる。
いつもそうだ。
窓から差し込む光が床に長く伸び、その上を他の人の影がゆっくり横切っていく。
少し俯いて、これまでのことを思い返していた。
ギルツハークは私が楽しむことを嫌がる。
無表情のまま隣に立つ彼を思い出すと、胸の奥が少しだけ重くなった。
私が楽しいなと思い始めると、ギルツハークは帰りたがった。
早く帰ろう、早く帰ろうって、それしか言わない…
手を引かれたときの感触や、急かすような足音が頭の中に蘇る。
景色を味わう前に終わってしまう外出ばかりだった。
「い、嫌です。私は、帰りません。ギルツハーク様だけ帰ればいいじゃありませんか」
言葉を口にした瞬間、空気がぴんと張る。
周囲の視線が一斉にこちらへ向いた気がして、肩がわずかに強張る。
ギルツハークが私を嫌いなのが、あらためてわかった。
それはきっと、私が楽しむことも許せないくらいの嫌悪なんだろう。
視線の冷たさや沈黙の長さを思い返すと、そう思わざるを得なかった。
でも、だからって。
頼んでもいないのにわざわざやって来てまで、私の楽しみを妨害しなくてはいけないだろうか。
「そうだよ。ディアがせっかく楽しんでるのに、ひどいことを言うんだね」
アルベルトがそう言ってくれた。
軽く笑みを浮かべながら、肩をすくめる仕草がどこか余裕を感じさせる。
すごく自然だ。
…ん?ディア?
呼び方が変わっただけなのに、距離が一気に近づいたような気がした。
「ディア…ディアって…もう愛称で呼んでるのか?!」
声が鋭く響くと同時に、空気が一気に張り詰める。
ギルツハークがアルベルトの胸倉を掴む。
「ちょ…ギルツハーク様、やめてくださいっ!」
思わず腕を伸ばすが、間に合わなかった
殴られたアルベルトが椅子から落ちている。
鈍い音が響き、周囲がざわつく。
スタッフが慌てた様子で駆け寄ってきていた。
いったい、どうしてこうなったんだろう。
「大丈夫ですか、アルベルト様」
しゃがみ込み、慌てて声をかける。
アルベルトに触れた手はわずかに震えていた。
頬が赤くなっている。
ハンカチを水で濡らして、アルベルトの頬に当てた。
アルベルトがスタッフに「大丈夫ですから」と言って、その場を収めようとしてくれている。
「ギルツハーク様、暴力を振るうなんて、サイテーです!」
私がそう強く言うと、ギルツハークはシュンとしてしまった。
悪いことをした、とは思っているのかな。
その変化が意外で、少しだけ言葉を失う。
結局、その場を収めてくれたのはアルベルト。
ギルツハークは何も言わずに帰っていってしまった。
あの真面目なギルツハークがお店に謝罪もしないなんて。
ちょっと違和感を感じながら、お店を後にした。
「なるほど…つまりその、円満婚約解消?のために恋人を探してるわけだ」
私のせいで殴られることになったアルベルトには、円満婚約解消のことを話しておいたほうがいいかとおもって打ち明けた。
状況を整理するように、言葉を慎重に選びながら説明する。
「で、ギルツハークの想い人ってのは、どんな人なの?」
軽い問いのようでいて、核心を突いてくる。
それは私の胸だけにとどめておこうと思っていたので困ってしまった。
私はどんな恋愛もアリだと思っているけれど、そういう人ばかりじゃないこともわかってる。
アルベルトは、どっちだろう。
横顔をちらりと見て、判断材料を探す。
「そ…それは。私の口からは…」
言葉が途中で途切れ、視線が下を向く。
「言えないけど知ってるってこと?」
アルベルトにそう言われて、おずおずと頷いた。
適当に嘘をつけばいいんだろうけど、私はそういうのは苦手だ。
「そっか、わかった。じゃあさ、こういうのはどう?」
空気を切り替えるように、明るい声が響く。




