06 キャラメルマキアートを初体験しました
アルベルトとの待ち合わせのカフェに到着した。
本日は、アルベルトとの約束の日だ。
ギルツハークに心配されないように、事前に道順もしっかりと頭にいれたし。
カフェでの気をつけるところも、それとなく情報収集しておいた。
ひとりで…ひとりで来れた。
すごく嬉しい。
扉を開けた瞬間、ベルが軽く鳴ってふわりとカフェインの香りが鼻をくすぐる。
学園以外で、ひとりで来ることができたのは、初めてかもしれない。
胸の奥がふわっと軽くなって、不躾だとは思いながら、思わず周囲を見回してしまう。
皆さんが食べたり飲んだりしているのはなんだろう。
ちょっと興奮しながら視線を巡らせて、すぐに小さく苦笑する。
そうはいっても、学園の隣のカフェだけどね。
それでも、私にとっては大冒険だった。
ガラス越しに見える外の景色さえ、少しだけ違って見える。
楽しい…
カフェに入ると「いらっしゃいませ」と言ってもらえた。
制服姿の店員の声がやけに優しく響く。
「へへ…いらっしゃいました」
つい、ひとりごとを言ってしまった。
うかれている自分が少し恥ずかしくなって、慌てて口元を押さえる。
どこに座ったらいいのか悩んでいると「こちらへどうぞ」と言われた。
店員の手が軽くテーブル席を示す。
どうぞと言われたら、行くしかない。
窓際の席に案内されて、言われるがままに座る。
木の椅子がわずかに軋む音がした。
窓が開いていて、ちょっとだけ寒い。
風がカーテンを揺らして、足元に冷気が落ちてくる。
…寒いけど、こういう時、どうすればいいのか私は知らない。
膝の上に手を置いたまま、少しだけ身を縮めた。
このまま座っていればいいんだろうか?
しばらくすると、アルベルトが来た。
ドアのベルが再び鳴って、軽やかな足音が近づく。
「ごめん、ごめん。先にくるつもりだったのに。これ、買っていて」
少し息を切らしながら笑って、アルベルトが花束を出した。
紙に包まれたそれがふわりと揺れる。
「まあ、素敵な花束ですね。どなたかのお誕生日ですか?」
疑問に思いながら、花束を受け取ってしまった。
両手に受け取った瞬間、花の香りがふわっと広がる。
誕生日でもないのに、花束。
「いや…今日のデートの記念に。君への花束なんだけど」
そう言われたけど、きょとんとする。
視線が花とアルベルトの間を行き来した。
「ん?花束を渡して、初めての反応なんだけど。嫌いだった?」
アルベルトが心配そうに私を見る。
「いえ…実は、婚約者からの誕生日プレゼントが毎年、花束で。花束は誕生日に贈るものだとばかり思っていたものですから」
ギルツハークからの誕生日プレゼントは、いつも花束だった。
部屋に届く白い薔薇の束を思い出して、少しだけ視線が遠くなる。
最初は嬉しかったけど、毎年毎年毎年、白い薔薇の花束で。
プレゼントを考えるのが、面倒なんだろうなと思う。
「婚約者がいるの?」
アルベルトが驚いている。
目を少し見開き、花束から私へ視線を移した。
「あ、正確には…もうすぐ婚約を解消する予定なんですけど。あ、これは内緒…秘密で」
そう言うと、アルベルトは「秘密、大好き」と言った。
楽しそうに笑って、少しだけ身を乗り出す。
こういう少年みたいなところ、ギルツハークにはないところだなと思ってクスっと笑ってしまった。
「婚約は解消しないし、内緒でも、秘密でもないよ」
そう声が聞こえて振り向くと、ギルツハークがいた。
いつの間にか背後に立っていて、影がテーブルに落ちている。
「え??…ど、どうして?ギルツハーク様っ?!…あ、学園に何か御用でしたか?」
立とうか座ったままでいようか悩んで、座ったまま、ギルツハークを見上げた。
このカフェ、学園の隣だった。
ギルツハークは学園に寄ったついでに、たまたまいらしたのだろう。
周囲のざわめきが一瞬だけ遠のく。
「はい、キャラメルマキアート。アルベルトさん、ディアにキャラメルマキアートを飲ませるから、これで君の目的は達成されたわけだし帰っていいよ」
ギルツハークがまた、わけがわからないことを言う。
真顔のまま、淡々とした声で私にキャラメルマキアートというものを差し出してきた。
「うん、これもキャラメルマキアートだね。でも、俺のおすすめはアイスのキャラメルマキアート。待ってて」
アルベルトがそう言って、カウンターに向かった。
軽い足取りで離れていく背中を見送る。
「あ、あの…ギルツハーク様。今日は、アルベルト様にご招待をいただいているので。そろそろ…」
私も相手を探さないと円満婚約解消できないのに…邪魔だなぁ。
胸の中で小さくため息をつく。
「いいから。今日はこれを飲んで早く帰りなさい。風邪をひくよ」
ギルツハークがそう言って、私にひざ掛けをかけてくれた。
ひざ掛けをかけてもらうと、じんわりと温かさが広がる。
寒かったから、少し嬉しい。
素直に受け取ってしまって、自分でも少し戸惑う。




