05 カフェにひとりでも行けます
結局、その日の会でも素敵な出会いはなく。
さらに、次の会にも参加することにした。
今回はエリックにお願いをして、ギルツハークが来ないように手を打ってもらっている。
エリックだって、ギルツハークとイチャイチャしたいだろうから、ちょうどよかったはずだ。
私、えらい。
相変わらず、それほど本に興味はないから、熱弁している方とは話が合わない。
軽く、本のことを話せる人はいないだろうか。
そう思っていると、1人の男性が声を掛けてくれた。
表面上は知的だが、どこか馴れ馴れしい。
ちょっと、苦手かもしれない。
「2人で今度、もっと親密に語り合いませんか?」
そう言われて、ちょっと引いてしまった。
そういう出会いを求めてきたことは確かなんだけど。
ここまでグイグイこられると、怖い。
それに、断ろうとしても距離が近い。
「あ、あの…ちょっと距離が」
私がそう言っても、全然引いてくれない。
なんか、ダメな人に当たってしまったかもしれないと思った。
周りに助けを求めようとしたけれど、本について熱弁している人が多くて気づかれていないようだ。
困った、その時。
「ディアを困らせないでくれ」
聞き覚えがある声がした。
いやいや。
今日、ギルツハークはエリックとイチャイチャしているはず。
ここにくるはずがない。
そう思ったんだけど。
現れたのは、やはりギルツハークだった。
低く静かな声なのに、有無を言わせぬ圧がある。
男性は気圧されて退く。
「大丈夫?」
そう言って、私の肩を払ってくれた。
何かついていただろうか?
結果的に助けてもらうことになったのでお礼を言う。
「いや…その。どうしてこんな会に参加するの?」
ギルツハークが突然、そう言った。
どうしてって…
2人で話したことを忘れたんだろうか?
「お互い、本当に好きな人を見つけましょうって、約束したじゃありませんか」
私がそう言うと、ギルツハークが変な顔をした。
「本当に本気だったのか…」
そう呟いている。
どういう意味かわからないけど「もちろんです」と返した。
結局、会でまともに話せたのは、ギルツハークとアルベルトだけだ。
だからというわけじゃないけど、アルベルトとはその後も顔を合わせると話をした。
そして、お茶に誘われてしまった。
そんなことがありつつ、アルベルトのことを、うっすらと思い出した。
「あんなふうに、男性も笑うものなのね」
自然にこぼれた呟きとともに、アルベルトの笑顔が脳裏によみがえる。
不覚にも、ドキっとしてしまった。
胸の奥がくすぐったくて、自分でも戸惑うほどだった。
不覚ってなんだ。
そう思いながらも、その感覚を否定しきれずにいる。
最初にアルベルトに嘘をつかなかったのが、よかったのかもしれない。
あのとき、科学が好きって嘘をついていたら、アルベルトはあんなふうに笑ってくれなかったかも。
そう思って。
アルベルトに好意を持ってもらいたかったのだろうかと首をひねった。
「ディア、この間の男のことなんだけど」
ギルツハークが私に話しかけてきた。
相変わらず抑揚の少ない声だったが、不意に名前を出されて顔を上げる。
「この間?…ああ、アルベルト様のことですか?」
さっきまでアルベルトのことを考えていたのに、今思い出したように言葉にした。
「あっ!ギルツハーク 様のおかげですよね。嘘をつかなくてよかったです。ありがとうございます」
ぱっと表情を明るくしながら答える。
俺が仲を取り持ってあげたんだぞ、ということだろうか。
まあ、結果的にギルツハークのおかげでアルベルトと話せたんだから、そうじゃないとも言えないか。
「いや、そうじゃなくて。…その、カフェに行く約束をしていたから」
ギルツハークがいつもの無表情でそう言う。
どこから聞きだしたのか、私がアルベルトと約束をしたのを聞きつけたようだ。
普段通りのはずなのに、なぜだか少しだけ言いにくそうにも見えた。
モジモジしてる?
いや、気のせいか?
「ええ。アルベルト様がどうしても、キャラメルマキアートなるものを飲ませたいっておっしゃるので」
淑女は紅茶と教えられてきたから、キャラメルマキアートというものは飲んだことがない。
甘い香りがするという、その未知の飲み物を想像しながら、私は少しだけ胸を弾ませていた。どんな味がするのだろう。
アルベルトが「美味しいから」と言った顔を思い出すたびに、その約束が少し特別なもののように思えてくる。
「キャラメルマキアートくらい、俺が飲ませてあげるよ」
ギルツハーク がそう言った。
その声はいつもより少しだけ強い。
それに、すごい、見られてる。
まるで、私がアルベルトとカフェに行くのを真剣に止めているみたいだ。
私とアルベルトがくっついたほうが、ギルツハークのためにもなるのに。
「…?でも、ギルツハーク 様はブラックのコーヒーがお好きなんですよね?キャラメルマキアートはアルベルト様がお好きなものですよ?」
アルベルトが自分はキャラメルマキアートが好きだから、ぜひごちそうしたいと言ってくれたのだ。
ちなみに、コーヒーのブラックを私は飲めない。
「お、俺も…好きになるかもしれないだろ?俺も一緒に行くよ」
ギルツハークがわけのわからないことを言った。
なぜ、ギルツハークは一緒に行きたいんだろう。
言いながらも、なぜか少しだけ頬が強張っているようだし。
「はっ!」
そこで、思いついてしまった。
胸の奥で何かがひらめくように跳ねて、思わず目を見開かせる。
「もしかして、ギルツハーク 様。私がひとりでカフェに行って、何か失敗をしないか心配してくださっているのですか?」
私はこれまで、初めての場所にひとりで出かけたことはほとんどない。
たいてい、ギルツハーク が一緒についてきてくれていた。
…嫌嫌。
そのときの無言の圧を思い出して、少しだけ肩がすくむ。
いつもぶすっとした顔をして「もういいだろう、帰ろう」と言われて。
どこに出かけても楽しくなかった。
でもそれを「普通」だと思っていた自分にも、今は少しだけ気づいている。
「え?…いや、そういうわけじゃ…」
ギルツハーク が言いかけて、視線を逸らすように横を向いた。
耳のあたりがわずかに赤い気がする。
「大丈夫です!カフェくらい、ひとりで行けます。道に迷ったら、交番で道を聞くんですよね。わかってますから!」
そう言って、ギルツハークの同行を断る。
これからは、なんでもひとりでできるようにならないといけないもの。
自分に言い聞かせるように、少しだけ顎を上げた。




