48 将来がとても不安です
「どうして?俺たちは愛し合ってるんだから、他の人なんてどうでもいいじゃないか」
ギルツハークにそう言われて、今度は私が首を傾げた。
言葉の意味を確認するように、ゆっくりと瞬きをする。
「他の人なんて…って。どういうことでしょう?」
「そのままの意味だよ。ディアは俺のことだけ考えていればいいし、俺もディアのことだけ考えていればいいだろ?」
ギルツハークの目に迷いがない。
「うん、それを束縛って言うんだよ」
エリックがカップをテーブルの上に置く。
カチっと小さな音が静かに響いた。
「束縛?…ディアを大切にするのが束縛なの?」
「まあまあ、落ち着こうよ。なにも、クラウディアはギルツハークと一緒にいたくないって言ってるわけじゃないじゃないか。ときどき、ひとりの時間や、友達といる時間を作りたいって話だろ?」
アルベルトがそう言って、エリックとギルツハークの間に入る。
手で軽く制すようにしながら、少し明るめの声でその場を和らげようとしてくれている。
「ひとりの時間って必要かな?俺と一緒にいたっていいだろ?それに、友達と一緒にいちゃいけない、なんて言ってないよ。ただ、俺もそこにいたいって話じゃないか」
ギルツハークは言い出したら聞かないところがある。
一度決めた理屈を、そのまま真っ直ぐ貫こうとする。
わかっているけど、これでは平行線だ。
どちらも引く気配がないまま時間が過ぎている。
いつもなら私が折れる。
空気を読んで、どこかで収めてしまうのがいつもの流れだった。
「はっ!」
久しぶりに、察してしまった。
夕方の空気が少しだけ冷えて、胸の奥にひやりとした不安が残る。
もしかして、ギルツハークはやっぱり私が嫌いなのかも。
だから、こんなことを言うんじゃないだろうか。
窓の外をぼんやりと見つめながら、指先が無意識にスカートの布を握りしめる。
「なに?ディア…暴走する前に、ちゃんと俺に話して?なんでも話すって約束したよね」
突然視界に入ったギルツハークの手が、ためらいなく私の手を包み込む。
「なんでも…そうですね。そう約束しました」
自分の声が少し震えているのを自覚しながら、それでも目を逸らさずに答える。
ギルツハークに言われて、覚悟を決める。
今回は、私は折れない。
喧嘩してやる。
嫌われてるなら、もっと嫌われてやろう。
「では、言わせていただきますが。暴走しているのは、ギル様です」
言葉を押し出すようにして、握られた手をそっと振り払った。
空気が一瞬だけ張りつめる。
「アルベルト様もエリック様もおっしゃってますが、これは束縛です。どうして私がひとりでいてはいけないのでしょう?どうして友達といるときまで、ギル様とご一緒しなくてはいけないのでしょう?私が、そんなに信じられませんか?」
これまで飲み込んできた言葉が堰を切ったようにあふれていく。
机の上のカップが小さく揺れた気がした。
「心配してくださっているのはわかります。でも、私は…私は、ギル様の物でも、ギル様のお飾りでも、ギル様の婚約者でもないんです。あなたの言われるとおりにする必要なんてありませんっ」
言い終えた瞬間、自分でも驚くほど息が荒くなっていた。
胸の奥が熱く、視界が少しだけ滲む。
言わなくていいことまで、つい言ってしまった。
言ってしまってから、しまったと思った。
そして、自分がけっこう我慢していたことも知った。
ギルツハークの表情が固まっている。
なぜか、さっきより空気が重い。
謝らなくてはと思っているのに、気持ちが高ぶっていて、謝罪できなかった。
「ま、まあ。お互い、あれだ…今日は興奮してるからさ。あらためて落ち着いて話そうよ」
エリックがそう言ってくれて、その日はお開きとなった。
部屋に帰って、ベッドの上で考える。
窓の外はもう暗く、部屋の中だけが妙に静かだった。
ギルツハークとの婚約を解消しようと思ったときと、気分が似ていた。
やっぱり、ギルツハークとではうまくいかないのかもしれない。
私がもっと素敵な女性だったらよかったんだろうか。
窓の外を見ながら、問いかけても返事はない。
ギルツハークの気持ちを察することができて、暴走しなければいいのか。
ギルツハークの考えの全てを肯定できる、そんな女性だったらよかったのか。
心配してくれているってわかっていて、あんなことしか言えない私が悪いのか。
折れなかった私が悪いのか。
でも、それが全てできたとして、それって、どうなんだろう。
ギルツハークの気持ちを察して、ギルツハークの考えを全て肯定して、ギルツハークの思い通りに行動する。
自分をなくせば、できなくもないだろう。
でもそこに『私』はいない。
息を吐く。
明日、お別れを伝えようと決心した。




