49 ギルツハークだけでなく私も変わります
翌日、神妙な面持ちで家までギルツハークが迎えに来てくれた。
扉の前に立つその姿を見た瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
「ギル様。少しお話があるんですが、よろしいですか?」
そう切り出すと、ギルツハークが頭を下げた。
驚いて、彼を見る。
「きのうは、ごめん。ディアの言うとおりだ。俺が暴走してしまって…その。ごめん」
あまりにも素直に謝られて、きょとんとしてしまった。
朝の光の中で、ギルツハークの姿がやけにまっすぐに見える。
「でも、わかってほしいのは…本当にディアのことが心配だったんだ。束縛するつもりなんて、本当に、これっぽっちも…いや、これっっぽっちもなかったんだ」
そう言って、親指と人差し指で隙間を作って見せる。
「これからは、ディアがひとりでいたいって言うなら、その…近づかないように…我慢するし…」
ギルツハークが面白くなさそうに唇を突き出す。
その仕草が、珍しく子どもっぽく見えてしまう。
これは、納得してない。
「ディアが、友達といたいから、俺に席を外してほしいっていうなら…外すから」
ギルツハークがさらに面白くなさそうな顔をした。
肩が少しだけ落ちていて、言葉とは裏腹な感情が見えてしまう。
うん、全然、納得してないんだろう。
それでも、私の気持ちに寄り添おうとしてくれたことはわかった。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
「…ありがとうございます、ギル様。私もきのうは強く言いすぎてしまったと反省していたんです」
そう言って、ギルツハークの手をとる。
「いつも、私のことを心配してくださっていたんですよね。ありがとうございます」
そう言って、ゆっくりと息を整えながら微笑んだ。
胸の奥に残っていたモヤモヤが、するすると消えていく。
また、私はひとりで結論を出してしまうところだった。
ちゃんと話し合わなくてはいけないと学んだばかりなのに。
私は、まだまだ未熟だ。
学園に向かいながら、石畳を踏む足音に合わせて言葉を選び、トイレにはひとりで行きたいこと、友達と大切な…女性同士でしか話せない会話のときは席を外してもらうことをお願いした。
ギルツハークはあの後、アルベルトとエリックに散々、説教されたと苦笑いしながら話してくれた。
その時のことを思い出しているのか、少し肩をすくめながら、どこか気まずそうに、それでいて諦め半分といった表情を浮かべている。
普段は堂々としているギルツハークが、友人たち相手にはこうして素直に叱られているのだと思うと、少しだけ微笑ましい。
「女心がわかってないとか、束縛男は嫌われるとか…散々な言われようだったよ」
そう言って頭を掻いている。
整った髪を少し乱しながら困ったように笑う姿は、普段よりずっと年相応に見えた。
きっとアルベルトは遠慮なく鋭い言葉を投げて、エリックも呆れながら現実的な指摘をしたのだろう。
その光景がなんとなく想像できてしまい、思わず口元が緩む。
「アルベルトには『お前は真面目すぎてつまらない』とまで言われるし、エリックには『もう少し普通に接しろ』って…普通ってなんだよって話だよね」
言いながら、少しだけ遠い目になる。
どうやら本当に、かなり容赦なく言われたらしい。
「それは…大変でしたね」
同情半分、少し面白くもありながら返すと、ギルツハークは深いため息をつく。
「反論しようと思ったんだけど、だいたい正論だったから何も言い返せなかった」
その言葉に、ついくすっと笑ってしまう。
正論で追い詰められるギルツハークという構図が、少し新鮮だった。
アルベルトとエリック。
なんだかんだ、3人はいいお友達なのだなと感じた。
言いにくいことでも遠慮なく伝え、必要なら本気で叱る。
そういう関係は、案外簡単には築けないものだ。
ギルツハークもまた、そんな2人の言葉をきちんと受け止めている。
それがなんだか少し嬉しくて、温かい気持ちになる。
こうして笑いながら話せる今があるのも、きっと彼らのおかげなのだろう。
そう思うと、アルベルトにもエリックにも少しだけ感謝したくなった。
「今度、キャラメルマキアートをアルベルト様とエリック様にご馳走しなくてはいけませんね」
私がそう言うと、ギルツハークは「なんで?」と首を傾げた。
その問いには答えず、ギルツハークをまっすぐに見る。
「ギル様…私と向き合ってくださって、ありがとうございます」
そう伝えると、ギルツハークは、視線を少しそらして、ちょっと恥ずかしそうにして頭を掻いた。
耳まで赤くなっているのが見えて、思わず小さく笑ってしまいそうになる。
ギルツハークに嫌われているかもしれない。
そんな不安だけが大きくなって、私は婚約を解消して、恋人になって、学園を卒業した。
学園を卒業してから、あらためて婚約をして半年後。
晴れ渡る空の下、私とギルツハークの結婚式の日となった。




