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婚約者に嫌われているようなので私も別の恋を探してみようと思います  作者: 西園寺百合子


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41/50

41 ギルツハークはモテるようです

「あなたがクラウディア嬢ね?ギルツハーク様とよりを戻されたそうじゃない。うまくやりましたわね」

声は明るいのに、言葉だけが妙に尖っている。

表面的には祝福のように聞こえるのに、その実、棘しかない。

誰だか知らない人にそう言われて、戸惑った。

突然向けられた敵意に、思考が一瞬遅れる。

どうして初対面の相手に、こんなにも含みのある言い方をされなければならないのか。


「うまくやるって、どういうことよ?」

私の近くにいた友達が私をかばうように声を出してくれた。

椅子がわずかに鳴って、空気が少しピリっとした。

友人の声音には、明確な警戒と怒りが滲んでいる。

「言葉の通りですわ。あんなにギルツハーク様と仲が悪かったのに、婚約を解消したとたんに仲が良くなるなんて。そう仕向けたんでしょ?意外と腹黒くてビックリしましたわ」


この言葉には悪意がある。

それがわかったけど、何も言い返せなかったし、言い返す気にもならなかった。

きっと、この女性はギルツハークに好意があるんだろうなと感じた。

私とギルツハークが婚約を解消して、希望を持ったに違いない。

それなのに、あっさり恋人として戻ってきたから気に食わないんだ。

私の勘違いで、彼女にも迷惑をかけてしまった。

だから、何も言えない。

これは甘んじて受けるべき声だ。

そのときは、そう思った。


ただ、この日を境に、知らない女性から小さい嫌がらせを受けるようになった。

すれ違いざまに視線を逸らされることもあれば、陰でひそひそと笑われることもある。

こちらが近づけば会話が止まり、通り過ぎた瞬間にまた小声が再開する。

知らない女性だけではなく、あの女性の協力者でもいるんだろうか。

そう思ったけど、何か違う。

聞こえるか聞こえないか絶妙な声量で囁かれる笑い声は、まるでわざと神経を逆撫でしているようだった。

時には肩がぶつかったのに謝罪すらなく、むしろこちらが悪いかのような顔をされることもある。


足を引っかけられたり、物を隠されたり、後ろから小突かれたりした。

机の中に入れていたはずのノートがなくなっていたり、大切にしていたペンが勝手に別の場所へ移されていたり。

階段では不自然に進路を塞がれ、廊下では後ろからわざと軽く押される。

転ぶほどではない。

けれど、確実に不快で、悪意だけは十分に伝わってくる。

それがまた腹立たしい。

幼稚だ。

あまりにも幼稚なのに、だからこそ陰湿で面倒。


面と向かって言われるなら、それは受け入れる。

気に入らないなら、堂々と言えばいい。

けれど、こうして陰に隠れながら小さな悪意を積み重ねられるのは、まるで湿った布を少しずつ心に被せられていくようで鬱陶しい。

ちょっと…かなりイライラした。


一つひとつは些細でも、それが毎日のように続けば話は別だ。

笑って流せるほど私はできた人間ではない。

時折、大きな声で注意しようかとも思ってしまうけど。

けれど、そんな反応すら相手の思うつぼなのだろう。

そう思うと、なおさら腹が立つ。

本当に面倒くさい。


「ディア、大丈夫?…俺からその女性に止めてくれるように言っておくから」

ギルツハークがそう言ったけど、私に直接文句を言ってきた女性は、たぶん何もしていない。

だって、直接文句が言える人だもん。

私に直接文句を言えない『誰か』なのだ。

廊下の影や、視線の気配だけが残るような嫌がらせを思い出しながら、小さく息を吐いた。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」

そう言って、お断りしておいた。


ギルツハークの眉が少し動くのが見えたけれど、そのまま続ける。

「…それにしても、ギルツハーク様ってモテるんですね。あらためて思い知りました」

暗い話をしていても仕方がないから、話題を変えることにした。

心配をかけないように、できるだけ軽い声を作る。

「それは、ディアのほうだよ。婚約を解消したという噂が流れてから、ディアのところにも新たな求婚が殺到したって」

ギルツハークがそこまで言って「あ、」という顔をした。

言いかけて止まるその表情に、私のほうが首を傾げる。

新たな求婚?

そんな話は、父からも母からも聞いていない。


「…ごめん。きっとすぐに求婚があると思ったんだけど。ディアのご両親に自分に少しだけ時間をくださいって頭を下げて、止めてもらってた…」

ギルツハークにそう告白されて、顔が熱くなった。

その光景を想像してしまって、さらに耳まで熱くなる。

そんなやり取りをしていたなんで知らなかった。


「そうだったんですね。それなのに私、早く新しい恋を探そうとして…」

思い出すと恥ずかしい。

カフェで真剣に考えていた自分の姿がよぎって、視線を落とす。

「俺も、もっと早く、ディアに好きだって伝えていればよかった」

ギルツハークが、そっと私の髪を撫でた。

指先が髪をすくう感触に、呼吸が少し止まる。

今なら、言えそうな気がする。

「…ギル様」

ぽろっと、とても自然にギルツハークを愛称で呼ぶことができた。

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