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婚約者に嫌われているようなので私も別の恋を探してみようと思います  作者: 西園寺百合子


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40/50

40 私は暴走していたようです

「それで、いつもディアの考えが暴走していたんだね」

ギルツハークがそう言って苦笑いした。

「暴走してました?」

「うん、かなり。俺の想い人がエリックだ、とかね」

そう言われて、そんなこともあったなと笑った。


こうして、私とギルツハークはあらためて、お付き合いをすることにした。

婚約ではなく、まずは、恋人として。

学園を卒業するまで、まだ1年ある。

それに、学園を卒業してすぐに結婚する必要もない、ということになった。

未来の話をする声は、先ほどまでの衝突とは違い、どこか柔らかかった。


「おはよう、ディア」

これまで学園へ一緒に行ったことはなかったけれど、恋人になってからは一緒に行くようになった。

「おはようございます、ギルツハーク様」

並んで歩く朝の道は、以前よりも少しだけ近く感じられた。

恋人だから、手を繋いで歩く。

まだ少しだけ慣れていなくて、手を繋ぐ瞬間はこそばゆいような恥ずかしさがある。

歩幅を合わせるたびに、靴音が静かに重なっていく。

こんなことができるようになるなんて思わなかった。


学園へ続く道は、朝の光で淡く色づいていた。

すれ違う生徒たちの視線がちらちらとこちらに向かうたび、ほんの少しだけ意識してしまう。

「ねえ、ディア。…その、俺たち、恋人だよね」

ギルツハークが突然、そんな話をする。

歩きながらも視線だけこちらに向けて、どこか確認するような声だった。

あらためて言われると、恥ずかしい。

「…はい。そうですね」

言葉にした瞬間、自分の耳まで熱くなるのがわかる。


ギルツハークはそう言うと、あらたまって私の両手をとった。

なんだろうと思っていると、ギルツハークが軽く咳をした。

「じゃあ、前みたいに…愛称で呼んでもいいんじゃないかな。俺はディアって呼んでる…し」

少し視線を逸らしながら、耳まで赤くしているのがわかる。

そう言われて、そういえばと思った。

いつか婚約を破棄されるかもしれないと、そのときのために愛称で呼ぶのをやめたんだった。

名前を呼ぶたびに距離が近くなるのが怖くて、無意識に避けていたことを思い出す。

ギルツハークの想い人は私だってわかったし、愛称で呼んでもいいのかもしれない。


「…そうですね。じゃあ、前みたいに愛称で…」

ギル様と言おうとして、なんとなく恥ずかしくなって言葉が出てこない。

喉のところで引っかかって、視線だけが泳ぐ。

「ギ…ギ…ギルツハーク様の言うとおりですね。今度、そうします」

どうしてもギル様と言えなくて、言葉をはぐらかした。

指先にまだ残る体温を意識してしまって、余計に落ち着かない。


「今度…そうだね、今度」

ギルツハークが残念そうにそう言った。

少しだけ肩が落ちたように見えて、胸の奥がちくりとする。

今度って、いつだろう。

今日言えなかったのに、明日は言えるようになるのかな。

教室で悩んでいると、友達が相談にのってくれた。


机を囲んで、数人でわいわいと話している中に混ざる形になる。

以前なら、こういうときは花嫁教育の先生に相談していた。

でも、アルベルトから同世代の女の子に相談したほうがいいと言われて友達に相談することにしたのだ。

友達は、話は聞いてくれる。

聞いてはくれるんだけど…


「わかりますわ。最初に呼ぶときって恥ずかしいんですよね」

共感するように頬へ手を添えながら、しみじみとした口調でそう言われる。

その場にいた何人かも、うんうんと頷きながら微笑んでいた。

最初、ではないんだけれど。


「クラウディアさんは、初めてではないでしょ?」

少し意地悪そうにそう返されると、一瞬だけ照れたように視線を逸らした。

その反応に、周囲の期待が一気に高まってしまう。

「私のときは、彼が愛称で呼ぶまで帰してくれなくて」

さらりと言われたその言葉に、場の空気が一気に華やぐ。

まるで待っていましたと言わんばかりに、机を囲む空気が弾けた。


「やだ~、お惚気ですか~」

すかさず飛んだ茶化しに、あちこちから笑い声が上がる。

からかうような声色なのに、どこか楽しげで、聞いている側までつられてしまいそうになる。

「愛称で呼ぶと、恋人って感じがしますよね」

別の誰かが夢見るような表情でそう言い、また別の誰かが「わかる!」と身を乗り出す。


恋愛関係の話、いわゆる恋バナは一度火がつくと止まらない。

次々と体験談や理想論が飛び交った。

机の上で話が弾むたびに、誰かが笑って、誰かが茶化していく。

その盛り上がりとは裏腹に、私の知りたかった核心は少しずつ遠ざかっていく。

会話は恋人自慢や微笑ましい思い出話へと脱線し続ける。

少しずつズレていった話は、私が聞きたい答えが返ってこないまま終わってしまった。


なんとなく場の空気には馴染みながらも、肝心の悩みだけが置き去りになったようで、心の中で小さくため息をついた。

アルベルト、本当に同世代の女の子に相談したほうがいいのよね?

友達との会話に、打開策がないか思い返してみたけど、何もなかった。


何もなかったと思う。

もう花嫁教育の先生もいないし。

どうしたらいいんだろう。

考え込んでいたら、誰かが私の前に立った。

机の向こうに影が落ちて、ふと視界が遮られる。


アルベルトかしらと顔をあげると、見たことがない女性が立っていた。

空気が一瞬だけ変わる。

先ほどまで和やかだった空間に、見えない冷気が差し込んだような感覚。

彼女の瞳には露骨な敵意が宿っていた。

整えられた髪、上質そうなドレス、柔らかな笑み。

見た目だけなら非の打ち所がない女性だと思う。

けれど、その笑顔は少しも温かくなく、むしろ私を品定めするような冷たさがあった。

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