39 気持ちをつたえようと思います
「ギルツハーク様は、私が好きなのではなくて、婚約者がいなくなって寂しく思われているだけなのでしょう?そういうの、すごく、嫌ですっ!」
売り言葉に買い言葉、ではないけど、勢いでそう言ってしまった。
「そうじゃない!俺は、ディアが、クラウディアがずっと好きなんだ!」
ギルツハークがそう言いきるから。
顔が熱くなった。
いやいや。
好きだと言われて、舞い上がっているときじゃない。
「そんなの嘘だってわかります!」
「嘘じゃない!」
ギルツハークがそう言って、私の手を握った。
その瞬間、空気が変わった気がした。
ぎゅっと掴まれた手の熱が、思っていた以上に強くて、心臓が跳ねる。
急に距離が近づいて、ドキっとする。
「…だって、いつも、私のことを見ようともしなかったじゃないですか」
ドキドキして、声が小さくなってしまった。
「それは、ディアが可愛いから。その…こんな可愛い子が俺の婚約者なんだなと思ったら、ニヤケてしまいそうで」
ギルツハークの言葉に、唖然とする。
思わず固まったまま、数秒間瞬きを忘れてしまう。
「え…じゃあ、ニヤケないように…顔を背けていたんですか?」
「そうだよ。男たるもの人前でニヤケるなんて…ダメだろ。ディアの婚約者としてびしっとしていないと」
そう言われて、そんな理由で顔を背けられていたのかと愕然とした。
テーブルに置かれた白い薔薇の花束に視線を逸らす。
「2人で外に出かけたとき、すぐに帰ろうとおっしゃったのは?私と一緒に歩きたくなかったんですよね?」
私がそう言うと、ギルツハークから「君を他の人に見せたくなかったんだ」と言われて、力が抜けていった。
張りつめていた何かが、ゆっくりとほどけていく感覚があった。
「君は何も言わないから、プレゼントもデートも、満足していると思っていたんだ」
ギルツハークがそう言った。
彼の言うとおり、私が不満を訴えたことがなかった。
「…花嫁教育で、そういう不満は言うべきではないと教えられていたので」
そう伝えると、ギルツハークが「ああ…」と声を漏らした。
その声には責める響きはなく、むしろようやく理解できたというような、そんな納得したという響きがこもっていた。
私とギルツハークは、もっと早く、こうやって気持ちをぶつけ合うべきだったのね。
「…ほかには?どんなことを言わずにいてくれたの?」
ギルツハークにそう言われて「とりあえず座りましょう」と椅子をすすめた。
ここまでずっと立ちっぱなしだった。
互いにようやく息を整えるように、距離が少しだけ緩む。
「ああ、そうだね」
ギルツハークがそう言って座る。
それから、淑女たるもの紅茶を飲めと言われたことや、婚約者のことは察することが大切だと言われたことなんかを話した。
幼い頃から当たり前のように言われ続けてきた言葉の数々を思い返すように口にする。
紅茶を優雅に飲むこと、感情を露わにしすぎないこと、相手の望みを言葉にされる前に理解すること。
そうした教えを守ることが正しいのだと信じてきた。
けれど、それが本当に相手に伝わっているのかなど、考える余裕もなかったのだ。
ギルツハークもまた、自分なりに当然だと思っていた価値観や、そう振る舞うべきだと教えられてきたことを少しずつ話し始めた。
余計なことを言わずとも、必要なことは伝わるはずだと信じていたこと。
話しているうちに、どれだけ誤解を重ねていたのかを、お互いに知ることになった。
本当は冷たいわけではなく、どう接すればいいのかわからなかっただけ。
本当は無関心だったわけではなく、気持ちを言葉にする方法を知らなかっただけ。
そんな小さなすれ違いが、長い時間をかけて大きな距離になっていた。
知らなかったこと、伝わっていなかったこと、その多さに、とても驚いた。
もっと早く、こうして話していればよかったのかもしれない。
そんな思いが胸をよぎりながら、私たちはようやく、互いを少しずつ理解し始めることができた気がする。
ギルツハークは時折、申し訳なさそうに目を伏せていた。




