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婚約者に嫌われているようなので私も別の恋を探してみようと思います  作者: 西園寺百合子


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35/50

35 運命の出会いを目指します

ダメよ、クラウディア。

ギルツハークには想い人がいるんだから。

好きになってはダメ。

胸の奥で何度も同じ言葉を繰り返しながら、視線を噴水の水面へと逃がす。

水しぶきが陽の光を受けてきらきらと揺れていて、余計に気持ちが落ち着かない。

さっきドキドキしたのは、突然手を掴まれたから。

好きだからじゃない。


指先に残った感触を忘れようとして、自分で自分の手を撫でた。

せっかく、吹っ切ったのだから。

お願いだから、もう、苦しめないで…

あれから何度か、ギルツハークからお誘いを受けた。

刺繍展、絵画展、写真展、いけばな展…

彼の真面目な顔と、少しだけ不器用な声が思い出される。

よくもまあ、そんなに展示会があるものだなと思ったけど。

全部、お断りをしている。


「ギルツハークからの誘い、全部断ってるんだって?」

カフェでお茶をしていると、窓際の席に座っていたアルベルトが、カップを片手にこちらへ身を乗り出してきた。

椅子がきしりと小さく鳴る。

「なぜか最近、エリック様からチケットを押しつけられるみたいで。でも、そういうのは、元婚約者と行くものではないでしょ」

テーブルの上のティーカップを見つめながら私がそう言うと、アルベルトがキャラメルマキアートを飲みながら私の顔を覗き込む。


「それ、本当にそう思ってる?」

少し意地の悪い笑みを浮かべながら、わざと間を置いてそう言われて、私はゆっくり首を傾げた。

「…想い人を誘えばいいのに、と思ってますよ」

ふーんとアルベルトは首を横に向けた。

窓の外の通りを歩く人々をぼんやり眺めながら、少しだけ視線を逸らす。


アルベルトは意地悪なんだから。

カップを揺らす氷の音だけが、やけに耳につく。

「こじれている…こじれすぎてるな…」

アルベルトがなぜか頭を抱えていた。

たぶん、アルベルトは私がギルツハークの想い人のことを思って胸を痛めていることを知ってるんだろう。


この好意をこれ以上育ててはいけない。

そう思っていたら。

なぜか、悩んでいるアルベルトを見ていて思いついてしまった。

「ああ、そうか。そうだわ!」

私がそう言うと、アルベルトが「待って」と言った。

手を軽く上げて制止するような仕草をする。


「どうしたの?」

どうして制止されたのかわからなくて、軽く首をひねった。

「うん。聞かないわけにはいかないから聞くけど。今、何がわかったの?」

アルベルトにそう言われて、少し悩んで打ち明けることにした。

「内緒にしてほしいんだけど。…2人だけの秘密。いい?」

少し身を乗り出して小声でそう言うと、アルベルトは肩をすくめて「もちろん」と言った。


「私、ちょっとね…ちょっとだけ、ギルツハーク様のこと好きになりかけていて」

言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。

私がそう言うと「それはいいことじゃないか」とアルベルトが無責任に言った。

「そんなこと…ギルツハーク様の迷惑になりたくないし。でね、思い出したの!」

指先をぎゅっと握って、勢いよく続ける。

「…嫌な予感しかしないけど。何を?」

アルベルトがキャラメルマキアートをテーブルに置く。

コトン、と小さな音がした。


「新しい恋をすれば、昔の恋は忘れられるって、小説に書いてあったことを!」

そうだわ。

きっと新しい恋をしていないから、ぐだぐだギルツハークのことを考えてしまうのよ。

やっぱり、恋!

新しい恋を探さなくては!


「新しい恋…ねえ。振り出しに戻っちゃったよ…手ごわいね」

アルベルトがまた頭を抱えて深いため息をついた。

「あ、でもあれだよ。もう、異性間交流会は行っちゃダメだよ?」

アルベルトが慌ててそう言った。

もちろん、もうあんなのに行くつもりはない。

新しい恋は、運命の恋でなければいけない…気がする。

そうして、作戦を立てることにした。


噴水の音を聞きながら、ぼんやりと空を見上げる。

雲がゆっくりと流れていく。

運命と言えば、やっぱりあれでしょ。

ふっと、頭の中にストーリーが思い浮かぶ。


人混みの中を急いでいた少女は、曲がり角で誰かと肩がぶつかった。

「きゃっ…!」

「あ、ごめん!」

弾みで手にしていたハンカチーフが地面に落ち、慌ててしゃがみ込む。

すると、ぶつかった相手の青年もすぐに膝をついた。

「大丈夫?怪我してない?」

「はい、私は…」

青年は落ちたハンカチーフを手に取る。

「これ、落としたよ」

差し出された手と、優しく微笑む顔に思わず見とれた。

「ありがとうございます…」

「こちらこそ、本当にごめん」

去っていく背中を見送りながら、胸が少しだけ高鳴るのを感じる。

たった数秒の偶然。

後日、同じ街角で再び青年を見つけた少女は、思わず声をかけていた。

その瞬間、偶然は少しずつ運命へと変わり始めていた。


流行りの小説の、よくある出会い。

こんな出会いがあったらいいなと思っていた。

そんなわけで「偶然落とし物を拾ってもらおう作戦」を開始することにした。

落とし物を偶然拾ってもらおう作戦。

口に出してみると、少しだけ本気めいて聞こえるのが不思議だ。

簡単にいくと思っていたのに、意外と難しい。

落とし物といえば、小説にも登場したハンカチーフ。

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