35 気持ちに気づかないようにしなくてはいけません
「…ディア?どうしたの?」
ギルツハークに呼びかけられて、我に返った。
「ギルツハーク様に最初に会ったときのことを思い出していました」
そう言って、目を細めた。
ギルツハークは最初に会ったとき、私を見ようともしなかった。
ふてくされたみたいにそっぽを向いて、結局、ひと言もしゃべらずに別れた。
だから、婚約の話なんてなくなるだろうと思ったのに、トントンと話が進んでしまったのだ。
「思えば、最初から嫌われていましたものね、私」
そう言って笑う。
「え?」
ギルツハークが驚いたように私を見た。
「今だから言ってしまいますけど、顔も見たくないなら、会いにこなければいいのにって思っていたんですよ」
そう言って、また笑う。
笑っていないと泣きそうだから。
ギルツハークが困ったように「え?え?」と慌てていた。
これくらいの復讐は許してほしい。
「でも、こうやって、普通にお話ができるようになったので、許して差し上げます」
そう伝えて、次の作品を見ることにした。
「…ち、違うんだ、ディア。顔が…見られなくて…見たくなかったんじゃないんだ」
ギルツハークが私の手をとる。
びっくりするくらい体が固まった。
心臓が口から出そう。
…何、これ?
ギルツハークが何か言ってるけど、何も聞こえない。
自分の心臓の音しか聞こえてこない。
「…だから、俺は」
ギルツハークの声が耳に届いて、視界が突然広がった。
「はっ!」
ギルツハークの手を振り払う。
「ギ、ギルツハーク様ったら、そんなにこの作品がお好きなんですね。私はあちらの作品を見てまいります」
そう言ってその場を離れる。
いけない、いけない。
うっかりしていたけれど、ギルツハークの想い人は刺繍好き。
お友達も刺繍好きかもしれないじゃない。
だとしたら、ギルツハークの想い人の友達が、この刺繍展に来ている可能性もある。
私と手を取り合っているところをうっかり見られでもしたら誤解されてしまうわ。
ただの幼馴染同士でお出掛けをしているだけなのに…
ダメよ、クラウディア。
ギルツハークには想い人がいるんだから。
好きになってはダメ。
さっきドキドキしたのは、突然手を掴まれたから。
好きだからじゃない。
せっかく、吹っ切ったのだから。
お願いだから、もう、苦しめないで…




