30 お礼をどうしようか悩んでます
扉が閉まる音が、少しだけ重く響いた。
1人残されたエリックが、ため息をついて座る。
椅子の背にもたれ、疲れたように肩を落とした。
「しっかり説明しないギルツハークが悪いけど、今回はクラウディア嬢も悪いよ?」
そう言われてしまった。
「申し訳ありません。体調が悪くなってご迷惑をおかけしたのは申し訳ないと思いますけれど…」
そう言うと、エリックは「そうじゃないよ」と私の言葉を遮った。
軽く手を振って話を止める。
「エドワードにお酒を飲まされたか、薬を飲まされたか。ともかく、エドワードに貞操を奪われるところだったんだよ。ギルツハークとアルベルトがいなかったら、本当に危なかったんだよ」
エリックがそれから詳しく話してくれた。
アルベルトがギルツハークに話してくれたこと。
急いで会場に駆けつけてくれたこと。
連れ込み宿に乗り込んでくれたこと。
エドワードと格闘したこと。
「…異性間交流会というのは、男女が、その…そういう、場でしたか」
「そこから驚くんだね」
エリックがまたため息をつく。
肩を落として、呆れと疲労が混じったように息を吐く。
「クラウディア嬢から話を聞いたときに、アルベルトも教えてあげればよかったんだろうけど。これに懲りたら、もう参加しないほうがいいよ」
そう言われた。
視線を落としたまま、小さく頷く。
「…はい」
そう答えるしかない。
「それと…コホン。余計なお世話だけど。ギルツハーク、本当に心配していたから。まあ、思うところはあると思うけど、…コホン。お礼をね、言ってあげると喜ぶと思うんだ。さらっとでも」
エリックが何度もコホンコホンと咳をしている。
風邪気味かしら?
なんだか不自然だけど、エリックが言うことはもっともだ。
「…そうですね。助けてもらったのに、ひどいことを言ってしまったかもしれません」
関係ないとか言ってしまったことを、少しだけ後悔した。
「あ、じゃあ、そういうことで。これで帰るよ」
パッと表情を変えたエリックがそそくさと帰る。
扉へ向かう動きがやけに素早い。
開いた扉の向こうに一瞬、ギルツハークがいたような気がしたけど。
影のように視界に差し込んだだけで、すぐに消えてしまう。
ずいぶん前に帰ったし、気のせいね。
お礼か…
最近では学園の帰りにカフェに寄ることが増えていた。
そこで、ギルツハークへのお礼について考えている。
カップを両手で包み込むように持ったまま、視線だけをテーブルに落とす。
婚約者へのお礼ならハンカチーフとか手袋とかがいいんだろうけど。
友達へのお礼の品って何がいいのかしら。
考えようとするたびに別の案が浮かび、また消えていく。
刺繍は好きだけど、お菓子作りは得意じゃない。
お菓子なら買ったもののほうが美味しいと思う。
でも、友達なら消耗品のほうがいいわよね…
負担にならないものを選ぼうとするほど、余計に迷いが深くなる。
悩んで、悩んで、何をお礼にあげたらいいのかわからない。
結局、答えはどこにも見つからないまま、時間だけが静かに流れていった。
お礼の品って考えるの大変だな。
そう思っていると、アルベルトがカフェにやってきた。
入口のベルが鳴り、見慣れた姿が軽い足取りで近づいてくる。
そういえば、アルベルトも助けてくれた1人だと聞いていたわ。
その出来事を思い返しながら、軽く会釈する。
「アルベルト、この間は助けてもらったみたいでありがとう」
そう言うと「いえいえ」と軽く返されてしまった。
「お礼になにか贈りたいんだけど、なにがいい?」
ギルツハークには聞けないのに、アルベルトならさらりと聞ける。
不思議だわ。
「そんな、お礼なんていいよ…あ、じゃあ、キャラメルマキアート、奢って」
そう言われて「喜んで」とキャラメルマキアートを買って渡した。
アルベルトが喜んでくれている様子を見て、気がついた。
「あ、ギルツハーク様にも何か飲み物をご馳走すればいいのだわ」
カップを手渡しながら、小さく思いつきを口にする。
「ギルツハークにもお礼するの?だったら、食事に誘ってあげたら?」
そう言われて首を傾げる。
「え?…アルベルトはキャラメルマキアートで、ギルツハーク様は食事なの?」
「俺はついていっただけ。助けたのはギルツハークだもん。俺よりいいものあげないと可哀想だろ?」
そう言われて、なんとなく納得。
「食事…何が食べたいかしら?」
「ギルツハークに聞いてみればいいじゃないか」
アルベルトがキャラメルマキアートを飲みながらそう答えてくれた。
そうなんだよね。
わかってはいるんだけど。




