29 ギルツハークがうざいです
ぱふっと何か柔らかいものの上に乗せられた。
沈み込む感触だけが妙に現実的に伝わってくる。
目を開けたいのに、どうしても開かない。
まぶたが重く、意識だけが薄く漂う。
体も動かないし、どうしてしまったんだろう。
ギシっと音がして、誰かが私に覆いかぶさっている感じがする。
布が軋む音と重みがすぐ近くにある。
とても不愉快な息遣いがして、首にその息がかかった。
本当に気持ちが悪い。
背筋に冷たいものが走る。
やめてくださいと伝えたいけど、やっぱり声が出ない。
喉が塞がれてるみたいだ。
体を動かして抵抗したいけど、どうしても体が動かなかった。
そこへ、扉が勢いよく開かれたような衝撃音が響く。
男性が言い合っている声が聞こえる。
賑やかだわと思っていたら「ディア!」と誰かに体を揺すられた。
肩を強く掴まれ、意識が引き戻される。
私のことをディアと呼ぶのは、アルベルトがギルツハーク。
この声は、ギルツハークね。
揺れの中で、聞き慣れた声だけがはっきりと届く。
どうしてそんなに何度も呼ばれるのかしら。
遠くから必死に呼ばれているのはわかるけど、体が重い。
とても気分が悪いのに…
「んん…」
声が漏れると、体が揺すられなくなった。
ふわっと体が浮く。
視界がわずかに揺れ、床の感覚が一瞬遠のいたあと、身体が空中に持ち上げられるような感覚に包まれる。
ぎゅっと抱きしめてくれる腕が心地よくて、そのまま眠ってしまった。
胸元に伝わる体温がやけに安心できて、抵抗する気力もなく、意識がゆっくりと沈んでいく。
次に目が覚めたら、自分の部屋で寝ていた。
見慣れた天井とカーテンの揺れが、ようやく現実に戻ってきたことを教える。
頭がひどく重くて、気分が悪い。
起き上がるのもつらい。
「あら、ディア。起きた?大丈夫?」
お母様が心配そうにベッドに駆け寄った。
寝台の横に腰を落とし、顔を覗き込むようにして様子を確かめている。
「すみません。きのう、突然、具合が悪くなってしまって。エドワード様はお帰りになりましたか?」
私がそう尋ねると、お母様の顔色が変わる。
「あんな人に、様なんてつける必要はありません」
そう言って部屋から出て行ってしまった。
扉が少し強めに閉まる音だけが、静かな部屋に残る。
何か怒らせるようなことを言ってしまったかしら。
天井を見つめながら、ぼんやりと考える。
なかなか体調が戻らなくて、結局その日は学園をお休みしてしまった。
昼の光がゆっくりと傾き、窓の外の色が変わっていくのを布団の中から見ていた。
夕方になると、ギルツハークがエリックと一緒にお見舞いに来てくれた。
お見舞いの品にと、白い薔薇の花束を持ってきてくれて、すごく驚いた。
誕生日でもないのに、ギルツハークから花束をもらうことになるとは思ってなかった。
「ディア…その、体調は大丈夫?」
ギルツハークにそう尋ねられて「大丈夫です」と答える。
声はいつもより少しだけかすれていた。
「……」
「……」
今に始まったことじゃないけど、ギルツハークとは会話が続かない。
沈黙が部屋に落ちて、時計の音だけがやけに響く。
「クラウディア嬢は、異性間交流会…?だっけ、初めて参加したんだよね」
エリックがそう話題を振ってくれた。
空気を変えるように、わざと明るい声を出している。
「ええ。まさか、自由に帰ってもいい会だとは知らなくて。おいてけぼりにされちゃったんですけど」
そう言って笑うと、ギルツハークが「何を考えているんだ」と怒りだした。
さっきまで、私の体を気遣ってくれていた人と同一人物だとは思えないほど、怖い顔になっている。
「君は、わかってるのか?本当に、本当に、危ないところだったんだぞ?」
そう言って、ワナワナと震えている。
体調が悪くなってご迷惑をかけたのは申し訳ないけれど。
そんな…死ぬか死なないかみたいな状態でもなかったのに。
自分の認識との差に、少しだけ戸惑う。
「…ギルツハーク様には関係ありませんわ」
そう言うと、ギルツハークがぐっと拳を握る。
何か言われるかもと思ったけど、ギルツハークは何も言わずに部屋から出て行ってしまった。




