28 ディアがテイクアウトされる
「はあ?異性間交流会?」
アルベルトの話を聞いて立ち上がる。
勢いよく椅子がわずかに音を立てる。
静かなカフェの床に椅子の脚が擦れる音が響き、近くの客が一瞬だけこちらを振り向いた。
だが、そんな視線を気にする余裕はなかった。
カフェで男2人、なんの話をしているんだか。
昼下がりの穏やかな空気に似つかわしくない緊迫感が、急にテーブルの上を覆っていく。
カップの中のコーヒーから立ち上る湯気さえ、どこか場違いに思える。
「…ってなんだ?」
驚いてはみたものの、異性間交流というのを知らない。
眉をわずかに寄せ、首を傾げる。
聞き慣れない単語に、頭の中で何度か反芻するが、どうにも意味がつながらない。
「つまりは、合コン。出会いの場を作りましょうって会だよ」
アルベルトにそう言われて、固まった。
目だけが瞬きを忘れたように止まり、数秒間思考が追いつかない。
「いや、合コンはいいんだよ。飲み会に男女が参加するってだけだから」
アルベルトがそんなことを言っている。
いいわけがない。
男女が出会う場。
そこにディアがいる。
嫌な予感しかしない。
「問題は合コンじゃなくて『泊りになるかもしれない』と友達から言われたってとこだ」
アルベルトにそう言われてもピンとこない。
むしろ意味がわからなすぎて、余計に不安になる。
「パジャマパーティーでもするのか?」
そう言ってアルベルトを見ると、唖然とした顔をされた。
目を見開き、心底信じられないものを見るような顔だ。
「…あんたとディアはお似合いだと心から思ったよ」
アルベルトにそう言われると、少し嬉しい。
胸のあたりがふわりと軽くなるような感覚があった。
思わず頬が緩みそうになる。
「そ、そうか?」
「褒めてるわけじゃない」
即座に返され、肩をすくめるように視線を逸らされる。
なぜか、アルベルトに馬鹿にされてしまった。
解せない。
「泊りになるっていうのは、お持ち帰りされるってことだよ」
「…テイクアウトできるのか?」
料理とかを持って帰れるのか。
お土産が用意されている会なんだろうか?
「そうだよ。ディアをテイクアウトされるってことだ」
アルベルトが、とても恐ろしいことを言った。
声のトーンは落ち着いているのに、内容だけが妙に生々しい。
「ディアをテイクアウト?…は?!え?…どういうこと?」
狼狽えた。
パニックになって、状況が理解できない。
「行かない方がいいとは伝えたけど、行っちゃってるかもしれないね」
アルベルトがそう言う声が聞こえて、気がついたらカフェを飛び出していた。
入口のドアが激しく動いている。
ベルの音がけたたましく鳴り、店員が驚いた顔をしていた気がする。
その音を聞きながら、立ち止まった。
飛び出してきたものの、どこに行けばいいのか分からなくて困る。
焦りだけが先走り、行動が追いつかない。
「こっちだよ」
アルベルトも一緒に来てくれるみたいだ。
走りながら視線だけが左右に揺れ、焦りだけが増えていく。
石畳を蹴る足音がやけに大きく響き、心臓は痛いほど脈打っていた。
アルベルトは息を切らしながら、先を指さして並走する。
そうして案内された建物は、おしゃれな雰囲気のレストランだった。
ガラス張りの入口には柔らかな光が漏れ、落ち着いた空気が漂っている。
高級感すらあるその外観が、逆に不穏に見えた。
入口を入ってすぐ、ここにディアがいる、いや、いたことはわかった。
ディアが愛用しているカバンがあったからだ。
「こ、この荷物持ってきた女性、まだ中にいます?」
そうお店の人に伝えると、さっき男性と出ていったと教えてもらえた。
カウンター越しに申し訳なさそうに説明される。
「ずいぶんと具合が悪そうでしたよ」
そう言われて、血の気が引いた。
体の奥から一気に冷えるような感覚が走る。
体調が悪いのか?
そんな状態で帰れるんだろうか…ん?
思考が途中で引っかかる。
「だ、男性と一緒?!」
「いや、気づくの遅いよ、ギルツハーク」
アルベルトが真面目な顔をしている。
「テイクアウトされちゃったか…」
そう言ったアルベルトの言葉で、血の気が引いた。
全身の温度が急速に下がる。
「このあたりに、連れ込み宿ってあります?」
アルベルトがまた恐ろしいことをお店の人に聞いている。
「つ、つ、つ……」
言葉にならない。
焦燥だけが喉を塞ぐ。
「それなら、そこの角を曲がったところに…」
そう言われて、気がついたら飛び出していた。
そこにいるかどうかもわからないのに、体が勝手に動く。
呼吸が乱れ、足が地面を叩く。
ディアが、テイクアウトされてしまう…
そんな最悪の想像が頭を支配し、視界が狭まくなった。
街灯が灯り始めた通りを駆け抜け、角を曲がる。




