03 私も新しい恋を探さなくてはいけません
『本を読んで会話を楽しむ会』の開催日。
静まり返った図書室ではなく、会議室のような場所でおこなわれる。
リラックスできる空間に各自お気に入りの本を持ち寄り、お茶を片手に読書と語らいを楽しむというもの。
こういう会は初めて参加するわけだけど。
なんだか、別世界のように感じられる。
男女が20人ほど、それぞれ本を読みつつ会話を楽しむ。
ざわざわとした小さな声が重なり合っていた。
「あの本、面白いですよ」とか「あの本、読みましたか?」という会話が聞こえてくる。
で、そんな会にどうして…
言葉が喉の奥で止まり、思考が一瞬止まる。
見なくていいのに、目で追ってしまっていた。
どうして、ギルツハークと御友人も参加しているんだろう。
「漫画ないんだしさ。そろそろ帰ろうぜ」
御友人がつまらなそうに言った、気だるい声が響く。
机に寄りかかる姿勢が、いかにも退屈そうだ。
ぜひ、早く帰ってほしい。
「うるさいな。帰りたければ帰ればいいだろ」
短く切るような声が聞こえた。
ぜひ、ギルツハークも帰ってほしい。
そんなことを思いながら2人見ていると。
御友人がギルツハークを抱きしめた。
突然の動きに周囲の空気がわずかに揺れた気がした。
驚いて目線をそらし、本の棚の方へ顔を向ける。
わかっている…私はわかっていますわ。
心の中で自分に言い聞かせるように繰り返す。
ギルツハーク が好きな人、それは一緒にいる御友人。
エリックですよね。
仲がいいとは思っていたけれど、まさか想い人だったとは。
視線を伏せたまま、確信に近い推測をした。
そうだろうとは思っていたけどね。
それにしたって、イチャイチャするなら、よそでやってくれればいいのに。
本棚の陰に隠れるようにして、そっと息を吐いた。
もちろん、私は応援するけど。
一応、元婚約者…あ、まだ婚約者のままだ。
そう、まだ婚約者がいる前で、見せつけることもないんじゃないかしら。
少し頬を膨らませながら、視線を横に逸らす。
一瞬、もしかしてギルツハークは私がここにいることに気がついていないのかなとも思ったけど。
会の最初にみんなで自己紹介をしているから、私がいることを知らないはずはない。
「はっ…もしかして…」
小さく息を呑むようにして呟く。
思い至って、2人を見る。
もう一度だけ、本棚に隠れつつ視線を戻した。
早く、婚約を解消しろっていう嫌がらせなのかしら。
胸の奥に嫌な可能性が浮かび、眉が少し寄る。
ごめんなさい、ギルツハーク 。
心の中でそっと謝罪した。
見せつけてるんだ、ああやって。
友人とのなんでもないハグに見せかけて、私をけん制しているんだ。
できるだけ早く、好きな人を見つけて、できるだけ早く円満婚約解消にこぎつけます。
握りしめた手に力を込めながら、ハグする2人に誓った。
そのためにも、まずは本。
視線を棚へと戻し、意識を切り替える。
本を読もう。
小さく頷いて、一歩踏み出した。
普段は小説をよく読むけれど、せっかくだし違うジャンルの本を読んでみようかしら。
本棚の前で立ち止まり、背表紙を指でなぞる。
ギルツハークがイチャイチャしているのを見たくもないし。
視界の端からその姿を避けるように顔を少し背けた。
そうして、本当に興味がなかったけど、科学の棚の本を見てみる。
ぎっしり並んだ背表紙の中から、適当に一冊を選ぶように手を伸ばす。
「へえ、君、科学に興味があるの?」
突然かけられた声に肩が小さく跳ねる。
黒髪の知らない男性だ。
知っている人かなと思ったけど、誰の名前とも顔が一致しない。
穏やかな笑みを浮かべて、私を見下ろしている。
どうしよう。
ここは、科学に興味があるフリをしたほうがいいかしら。
本を持ったまま、視線が揺れる。
「えっと…その…」
言葉を探すように視線が泳ぐ。
どうしよう。
同じ思考が繰り返し頭を巡る。
「ディアは、化学には全く興味がないよ」
後ろから突然、落ち着いた声が割り込む。
振り向くと、ギルツハークがいた。
さっきまで、エリックとイチャイチャしていたのに、いつの間に。
「ディア、小説はこっちの棚だよ」
静かに手を伸ばして、別の方向の棚を示される。
そこは、さっきギルツハークがイチャイチャしていた棚。
だから、そこに小説があることは知ってる。
ギルツハークがいつも通り無表情なのに、なぜか距離を感じた。
ため息が漏れる。
「そうなんだ。俺は科学に興味があるんだけど。よかったら、ちょっと話さない?」
柔らかな声でそう話しかけてきた黒髪の男性は、陽の光を受けてその髪を艶やかに輝かせながら、どこか人懐こい笑みを浮かべていた。
あきらかに、私にだけ話しかけてきている。
男性から、こんな風に話しかけられたことがないから少し悩む。
胸が小さく高鳴り、どう返事をすればいいのか迷いながら、男性の顔をそっと見上げた。
「あ、俺、アルベルトって言うんだ」
そう自己紹介してくれたアルベルトは、私より1つ年上だった。
年上らしい少しだけ大人びた雰囲気をまといながらも、その笑顔は少年っぽくて。
昔のギルツハークに似ているなと思って。
不思議と警戒心が薄れていた。
「好きなことばかりやっていたら、留年しちゃってね」
肩をすくめながら、まるで大したことではないようにそう言って笑う。
悪さをして留年したことを自慢するようなタイプではなさそうだし、留学とかしてたのかな。
それより気になったのは、私に向けられた笑顔。
「…男の人も、女性の前で笑うんですね」
私がそう言うと、アルベルトは驚いた顔をした。
予想もしなかった言葉を聞いたように目を瞬かせ、それから少し困ったように眉を上げる。
「そりゃあ、笑うでしょ。特に、可愛い女性の前では、ね?」
そう言って、頬をつつかれた。
不意に指先が触れた瞬間、心臓が跳ね、熱が頬へと集まっていくのが自分でもわかった。
「なっ…なっ…」
男性にこんなこと、されたことがない。
もちろん、ギルツハークにも。
びっくりして、足を後ろに引いた。
心臓が少し落ち着くと、アルベルトの言葉を頭の中で繰り返した。
可愛い女性の前では男性も笑う…そうだ。
その何気ない言葉に、傷ついてしまった。
ギルツハーク が私の前で笑ったことなんて、1度もなかった。
むしろ怒っているというか、むすっとしているというか。
だから、男性とはそういうものだと思っていた。
感情を表に出さず、女性の前でも態度を変えない存在なのだと、ずっとそう信じていた。




