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婚約者に嫌われているようなので私も別の恋を探してみようと思います  作者: 西園寺百合子


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24 少し前の出来事

「よう、ギルツハーク!」

唐突に響いた声に、重たく沈んでいた空気がまるで石を投げ込まれた水面のように揺れた。

静かだった教室の一角に、その妙に明るく軽薄な声が響き渡り、俺は反射的に眉をひそめる。

近づいてきたのは、アルベルトだった。

陽気そうな笑みを浮かべ、まるで旧友にでも会ったかのような気軽さでこちらへ歩いてくる。

その足取りの軽さすら、今の俺には妙に神経を逆撫でする。

見たくない顔だ。


思わず心の中でそう呟いてしまうほど、タイミングが悪かった。

よりにもよって、ディアとの距離感に悩み、人生の迷路に迷い込んでいるこの瞬間に現れるとは。

机に頬杖をつきながら深くため息をつきたい衝動を、なんとか理性で押しとどめる。


「あからさまに嫌な顔するなって。俺が相談相手になろうって言ってるんだから」

肩をすくめながら、アルベルトが人懐っこそうな顔で近づいてきた。

その笑顔は胡散臭いが、不思議と完全には憎めない。

軽薄そうに見えて、妙に人の懐へ入り込むのがうまい男だ。


そう言われて、仕方なく話を聞くことにした。

残念ながら、こんな奴に相談にのってもらいたいと思うくらい、俺は追い詰められている。

もはや背に腹は代えられない。

藁にもすがるとはこのことだろう。

しかもその藁が…若干うるさい。


だがそこで、意外にもアルベルトが本心を話し始めた。

アルベルトがディアに近づいたのは、お金のためらしい。

本当はディアと結婚して婿におさまりたかったらしいが。

ずいぶん率直というか、清々しいほど俗物的な理由である。

肩をすくめるようにしながら、アルベルトはどこか投げやりな笑みを浮かべていた。

その笑みには、諦めのようなものも滲んでいる。


「あのお嬢様、天然すぎるだろ。俺は商才がない、お嬢さんは天然。これじゃすぐ家が潰れる」

そう言って苦笑してる。

天然だとこいつに言われると頭にくるが、まあ…天然だとは思う。

心の中で即座に反論しながらも、どこか納得してしまう自分がいる。

でも、そこも可愛いじゃないか。

天使じゃないか。

女神じゃないか…いや美の最高神…


頭の中で勝手に格が上がっていき、もはや現実離れした評価にまで到達していた。

ふわりと微笑む姿を思い出しただけで、脳内に神々しい光まで差し込みそうになる。

尊い…


「おい、戻ってこい」

アルベルトに軽く机を指で叩かれ、ようやく現実に引き戻された感覚があった。

危うく脳内神殿建立まで進みかけていた。

危ない、危ない。


「だから、お前の隣の席のフレイアを紹介してくれるんだったら、2人の仲を取り持ってやろうって話」

そう言ってきた。

身を乗り出すようにして、アルベルトはやけに真剣な顔をしている。


隣の席のフレイア?

誰だっけ。

記憶の中を探るように視線を宙にさまよわせるが、すぐには誰かわからない。

どうしてもディアの姿ばかりが鮮明で、それ以外の情報が薄い。

ディア以外に興味がないのだ。


「ああ、まあ、紹介するくらいならいいぞ」

あまり深く考えずに答える。

誰だか知らんが、隣の席のやつをこいつに会わせればいいんだろう。

その程度の認識で、話はあっさりと進んでいった。

我ながら雑である。


「よし、じゃあまずは、ディアと会話を楽しもう」

アルベルトが無理難題を押しつけてきた。

言うのは簡単だ。

だが、その「楽しむ」が最難関なのだ。


「ギルツハーク、お前は最近、ディアとどんな話をしたか覚えているか?」

そう言われて、思考を巡らせる。

沈黙のまま数秒、記憶を引きずり出すように視線を下に落とした。

机の木目を見つめながら、必死に会話履歴を検索する。

あれ?意外と、話してない?

「…明日の1限目は数学ですね、だったか」


最近話したのはたしかそれだ。

教室の片隅で交わした短い会話を思い出しながら、正直に答える。

今思えば、あまりにも色気がない。

いや、業務連絡にもほどがある。


「そういう事務連絡じゃなくて、何が美味しかったとか、どこに行きたいとか」

そう言われて、そんな話はしたことがないと伝えた。

言いながら、自分でも少し違和感があるのがわかった。

婚約者だったはずなのに、会話内容が天気予報以下である。

アルベルトが絶望的な顔をしている。

額に手を当て、その表情はもはや教育係のそれだった。

そんなにまずかったか?


「まずはあれだ。ディアを笑わせよう。楽しい話をするんだよ」

アルベルトにそう言われて、なるほどと思った。

そういえばディアから婚約を解消されたとき、楽しくもないのに笑うことに疲れてしまったと言われた。

その言葉が不意に蘇り、胸の奥が少しだけ重くなる。

あの時の寂しそうな笑顔が、今でも刺さっている。


楽しませればいいのか!

「そうか、なるほど!さすが、アルベルトだ。で、何を話したら楽しいんだ?」

勢いよく尋ねると、アルベルトは一瞬だけ満足げに頷き「それは自分で考えろ」と言われてしまった。


だから仕方なく、エリックに人を楽しませるにはどうしたらいいか聞いたのだ。

廊下で捕まえて、半ば強引に相談した記憶が頭をよぎる。

突然腕を掴まれたエリックは露骨に嫌そうな顔をしていたが、こちらも必死だった。

「まあ、ギャグでも言っとけばいいんじゃない?」

エリックがそう言うから、ギャグというのを聞いて、メモして、ディアに言ってみたのだけれど。


机の上に並べた紙切れを思い出しながら、少し遠い目になる。

渾身の努力だったのだが。

楽しませるどころか、心配させてしまったみたいだった。

ディアは困ったように微笑みながら、「大丈夫ですか?」と本気で俺を案じていた。

俺に興味を持ってもらうという点では成功したのかもしれないが。


なにがいけなかったのか、さっぱりわからない。

笑いとは、かくも難解なものだったのか。

ともかく次の作戦を考えないと。

ディアの笑顔を取り戻すため、俺の試行錯誤はまだ始まったばかりだった。

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