23 私も幸せになる権利があります
「…あら、アル。お久しぶりですね」
視界に入った姿に気づき、動きを止める。
本当に久しぶりに、アルベルトとカフェで会った。
以前と変わらない軽い雰囲気に、少しだけ肩の力が抜ける。
「やあ、さっき…ギルツハークと一緒にいなかった」
周囲を軽く見回しながら、アルベルトが椅子に手をかけて尋ねてくる。
「ええ。…どうもギルツハーク様、命を狙われているようなんです」
真剣な声でそう告げると、少し緊張して背筋が伸びた。
アルベルトはびっくりしていた。
私もビックリしたからわかる。
アルベルトは目を丸くし、数秒固まったあとに思わず吹き出しそうな顔になる。
「どうしてそうなったの?」
アルベルトがいつの間にか椅子に座って、眉をひそめて尋ねてきた。
どうしてと尋ねられたので、ギルツハークと話したことを説明した。
思い返しながら話すうちに、自分の中でも確信が強まっていく。
「つまりこういうことだわ。布団を誰かに吹っ飛ばされて、それで誰かに助けを求める電話をしたんです」
真剣そのものの表情で、でも、誰かに聞かれてはいけないような気がして、小声で説明してしまう。
私が最後まで力説すると、アルベルトがため息をついた。
肩を落とし、額に手を当てるような仕草をしている。
「それ、たぶんギャグだから。心配しなくていいよ」
呆れ半分、諭すような声でそう言われた。
一瞬、頭の中が停止する。
ギャグ…ギャング?
「ギャングなんて、ダメじゃないですか」
真顔で言い返して、テーブルに手を置いた。
どうして、アルベルトはこうも冷静なんだろう。
温度差に少しだけ戸惑いを覚える。
「ギャグでもギャングでもいいじゃん。…そんなにギルツハークのことが心配なの?」
椅子の背にもたれながら、じっとこちらを見る視線が向けられる。
アルベルトに言われて、少し冷静になった。
「…まあ、幼馴染であることは変わりありませんから」
視線を少し逸らしながら、ドキドキして答えた。
嘘じゃないはず。
婚約者ではなくなったけど、ギルツハークは大切な幼馴染だし。
「ギルツハークが他の人と結婚したらディアは誰の心配をするのさ」
アルベルトが私の目を見て、脚を組んだ。
軽い調子の中に、どこか探るような響きが混ざっている。
誰…誰だろう?
問いかけに対する答えがすぐには出てこない。
「つまりさ…」
アルベルトが何かを言おうとしたのを見て、ハッとした。
反射的に身を乗り出す。
「わかりました!」
思わず声が大きくなる。
そう言うと、アルベルトが私の言葉を遮る。
「待った。まず、俺から話をさせて。ディアは思い込みが激しいから」
やや強めの口調でそう言われ、思わず動きを止める。
思い込み?
私って、思い込みが激しいのかしら。
そういえば、ギルツハークもそんなことを言っていたような気がした。
ともかくも、椅子に腰を戻しながら、姿勢を整えた。
「つまりさ、ギルツハークのことがそれほど心配ってことは、ディアにとってギルツハークは特別な人なんじゃないかってこと」
アルベルトにそう言われて、きょとんとする。
意味をうまく飲み込めず、数回瞬きをした。
「ええ。ギルツハーク様は幼馴染ですもの。特別な人ですよ」
何の迷いもなくそう答える。
そう伝えると、アルベルトは崩れ落ちた。
椅子にもたれかかるようにして、天を仰ぐような仕草をする。
何か変なことを言ってしまったかしら。
「で、ディアは何がわかったの?」
立て直したように見えたアルベルトが、再びこちらを見る。
そうアルベルトに言われて、コホンと咳をする。
軽く気持ちを整えるように、姿勢を正した。
よくぞ聞いてくれました。
内心で少しだけ得意げな気持ちが生まれる。
「ギルツハーク様のことばかりを考えていましたが、私だって幸せになる権利がありますものね。やっぱり、私、好きな人を探すことにします!」
一息で言い切り、胸の前で小さく拳を握った。
言い切ったあと、少しだけスッキリした感覚が残る。
アルベルトが複雑そうな顔をする。
口元は笑いかけているのに、目が笑っていない。
「ここで宣言されてる時点で、俺は論外ってことだよな」
ぼそりと呟きながら、遠い目をしている。
ちょっと泣いているようにも見えた。
わざとらしい。
「まあ。アルは最初から私のこと、好きじゃないじゃないですか」
あっさりと言いながら、紅茶代わりの飲み物に口をつける。
私の言葉に「なんだ、バレてたんだ」と言われた。
「そりゃあ、私も女の子ですから。でも、アルとはいいお友達ですよ」
自然な笑顔を浮かべながら、そう伝えた。
アルベルトはいい人だ。
たぶん、私のことは嫌いじゃない。
でも、恋人を思うような愛情をアルベルトからは感じたことがなかった。
どちらかというと、妹だと思ってもらえているのじゃないかしらと思う。
だから、ギルツハークとのことも、こんなに親身になってくれているんだろう。
アルベルトとの出会いには、本当に感謝しかない。
で、ギャグとギャングって何だったんだろう?
それだけが謎として残った。
アルベルトに「ともかく気にしなくていいから」と言われたから、忘れることにした。




