22 ギルツハークの様子が変です
しょぼんとしながらカフェでカフェモカをいただく。
カップを両手で包み、温かさに少しだけ肩の力を抜く。
淑女たるもの紅茶、は卒業した。
以前の習慣を思い出しながらも、今はもう気にしない。
飲みたいものをいただく。
午後の柔らかな陽射しが大きな窓から差し込み、木目調のテーブルに淡い影を落としていた。
周囲では楽しげな笑い声が響いているのに、その賑やかさだけがまるで遠い世界のようだった。
うまくいかない…。
香ばしいコーヒーの香りや焼きたての菓子の甘い匂いが漂う店内は、本来なら心を落ち着けてくれるはずなのに、今日はどうしても気分が晴れない。
カップの縁にそっと指を添えながら、小さく息をつく。
フレイアにギルツハークの良さを伝えきれない自分が情けない。
そういう気持ちもある。
ただ、フレイアに言い返せない、というか。
フレイアの言うことはもっともだなと思うたびに考えてしまう。
私、ギルツハークのどこが好きだったんだろう?
実は、一番魅力がわかっていないのは、私だったんじゃないかしら。
窓の外を行き交う生徒たちは皆忙しそうで、けれど前を向いて歩いている。
その姿を眺めながら、私もまた前を向かなければと思うのに、今だけは少し、この甘いカフェモカの温もりに逃げていたかった。
小さく一口飲んで、甘さに少しだけ目を細める。
入口の方から聞き慣れた足音がして、顔を上げる。
ギルツハークがカフェに来たようだ。
目で追っていたのに、うっかり無視しそうになっちゃった。
「……あ、あら。ギルツハーク様。ごきげんよう」
慌てて姿勢を正し、スカートを軽く整える。
挨拶くらいはしないと失礼よね。
「ああ、ディア。その、ちょっといいかな」
そう言ったギルツハークは、ちょっと緊張しているみたいだ。
「ええ、もちろん。どうぞ」
そう言って前の席を勧めた。
いつもすらっと座るのに、なんだかぎこちなく椅子に座る。
ギルツハークはおもむろに胸ポケットからメモを取り出した。
丁寧に折られた紙を広げる仕草が、やけに慎重に見える。
なんだろう?
小さく首を傾げて見守る。
「えっと…布団がふっとんだ」
ギルツハークがメモを読んで、私をキラキラした目で見た。
真剣な表情と内容の落差に、一瞬まばたきが止まる。
「…まあ、それは大変でしたわね」
なんだろう。
とりあえず、布団がふっとんでは大変だろうと同情した。
「じゃ、じゃあ、えっと…電話に誰も出んわ」
またメモを読むと、ギルツハークが私を見る。
期待するような目線がこちらに向けられる。
「それは、困りましたね」
電話…いつされたのかしら?
記憶を探るように少し視線が泳ぐ。
ギルツハークが「えっと…」と言いながら、メモをバサバサと入れ替えたり戻したりしていた。
電話に誰も出ないから困っているのかしら。
「どなたか教えていただけるなら、私から電話に出るようにお願いしましょうか?」
私がそう言うと、ギルツハークが「違うんだ」と言って立ち上がった。
椅子がわずかに音を立てて後ろにずれる。
何が違うのかしら?
相変わらず、ギルツハークが何を考えているのかわからない。
意味を察することができなくて、ただ見上げた。
「…じゃあ、帰るね」
そう言って、ギルツハークは諦めたように帰っていった。
入口へ向かう背中を見送りながら、ただ瞬きをする。
何をしにきたのかも、全くわからない。
残されたカップの湯気だけが、ゆっくりと揺れていた。
布団がふっとんで、電話に誰も出ない。
「はっ!」
胸の奥で何かが弾けるような感覚とともに、思わず声が漏れた。
わかったかも。
頭の中で点と点が急速につながっていくような感覚がして、思考が一気に加速する。
もしかしたら、ギルツハークは誰かに命を狙われていて、その助けを呼びたいんじゃないかしら。
私がもっと早く察していれば。
胸の奥に、遅れてやってきた焦りがじわじわと広がっていく。
立ち上がってギルツハークを追いかけなくては。
椅子を引く音がわずかに鳴り、腰を浮かせたその瞬間だった。
慣れ親しんだ声に呼び止められた。




