19 好きな人ができたようです
クリスマスマーケット当日は、私も少しだけ会場に行って、大きなツリーを見た。
久しぶりに参加したクリスマスマーケットはなかなかに盛況で、その雰囲気を楽しんだ。
夜の帳が落ちる前の空気は澄んでいて、吐く息が白くほどけていく。
これまで両親とクリスマスマーケットに来たことはあったけれど。
両親と来ていた頃は幼かったこともあって、夜は危険だからと連れていってもらえなかった。
だから、ツリーがこんなに綺麗なものだって知らなかった。
色とりどりの光が瞬いて、胸の奥にまで静かに届くようだった。
翌日は、クリスマスマーケットの片付けの手伝いに出かける。
まだ少し残る飾りの名残が、風に揺れてカサリと音を立てていた。
「刺繍をしていただいたポーチ、みんな喜んでくれましたよ」
そう教えていただいて嬉しかった。
「ただ、少しだけ余ってしまって。どうしますか?」
そう言われたから、片付けをしている人によかったらと配ってみた。
小さな布袋を手に取りながら、そっと周囲を見回す。
「あのこれ、私が刺繍したポーチなんですけど…」
そう声を掛けると、相手はギルツハークだった。
薄い冬空の下、少しだけ白い息を吐きながら立っている彼に気づいて、思わず手が止まる。
「あ…すみません。ギルツハーク様も…片付けに参加してくださっていたんですね」
ギルツハークのことを嫌いになったわけじゃないけど、気まずい。
視線が自然と少しだけ下がる。
「ああ…うん。ディアも参加するって…」
ギルツハークが何か言おうとしたら、エリックがギルツハークの背中を叩いた。
軽い音がして、言葉が途中で途切れる。
エリックも来てくれていたんだ。
「あ、えっと、こういう活動も…大切かなって」
ギルツハークがそういう考えを持っている人だと知らなかったから少し意外だった。
普段見せないような少し戸惑いの混じった表情に、瞬きをする。
「そうだったんですね。私、本当にギルツハーク様のことをあまり知らなかったんですね」
自分でも驚くほど素直にそう言葉が出ていた。
「あ、そのポーチ、どうしたの?」
ギルツハークが私の手にあるポーチに気がついた。
「あ…クリスマスマーケットに来てくれた人に配っていたものなんですけど余ってしまって。片付けを手伝ってくれている方でほしいと思ってくれる人に渡していたんです」
そう伝えて「では」とその場を離れようとする。
人混みの中へ一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。
「あ…俺も、それ…ほしい、な…っていうのは、ダメ?」
ギルツハークにそう言われて、戸惑った。
いつもの彼らしくない言い方に、足が止まる。
「これ、女性用のポーチで。…あ、お母様に、ですか?どうぞ」
そう言って1つ、ギルツハークに渡した。
「いや、これは…」
ギルツハークがそう言って微笑んだ。
いつも無表情なギルツハークが微笑んでる…
その一瞬だけ、胸が苦しくなった。
ああ、わかってしまった。
きっと好きな人ができたのだわ。
そういう顔をされている。
胸の奥が、きゅっと小さく縮む。
婚約を解消したのは私だもの。
これでいい。
さっきの胸の痛みはきっと、勘違いだ。
「よいお年を、お過ごしくださいね」
そう言うのが精一杯だった。
笑顔を作る口元が、少しだけ強張る。
なんだろう…このきゅってする思いは。
嫉妬?妬み?
嫌だ、嫌だ。
ギルツハークは幼馴染。
私の兄弟みたいなものだもの。
立場は変わったけれど、恋は応援してあげなくちゃ。
そう何度も心の中で繰り返す。
あれから、ポーチを受け取ったときのギルツハークの顔が忘れられない。
ふわっとして、少し頬を赤らめるような、恋をしている顔。
私の前では1度も見せたことがない顔だった。
記憶の中で、その表情だけが鮮明に浮かび上がる。
きっと、とても大切な方ができたに違いない。
応援しようと思ったけど、具体的に私が何をすればいいのかわからない。
見守るだけでいいのかなと思いながら、カフェでぼんやりしていたら声を掛けられた。
カップの湯気が、ゆっくりと視界の端で揺れている。
「あれ?クラウディア嬢?」
驚いて振り向くと、エリックだった。
こういうときに声を掛けてくるのはだいたいアルベルトなのに。
思わず瞬きをして確認する。
「こんにちは、エリック様。今日はおひとりなのですね?」
エリックとギルツハークはセットなのに、ひとりなのは珍しいなと思った。
カップを両手で持ちながら首を傾げる。
「ああ…ちょっと。クラウディア嬢もおひとりなんですね。…一緒にいいですか?」
そう言われて、どうぞと席をすすめた。
カフェの窓際席へと軽く手を差し出した。
冬の光がテーブルの上に斜めに落ちていてきている。
席をすすめたものの、よく考えるとエリックと話すことなんてない。
じっと見ているのもおかしいかなと、視線を宙にさまよわせる。
男性と、何を話せばいいのかしら。
ギルツハークといるときは、ともかく沈黙だったし。
紅茶のカップから立ち上る湯気をぼんやり眺めるだけの時間が多かった。
アルベルトはひとりで話していてくれたから、私が話題をふることもなかった。
周囲の会話音だけが、やけに遠く感じる。
「…あ、ギルツハーク様は、最近、いかがですか?…好きな人ができたんですよね?」
口に出した瞬間、自分でも余計な一言だと気づいて、少しだけ視線が泳ぐ。
最近、いかがですか、まででよかった。
余計なことを言ってしまった。
カップを持つ手がわずかに止まり、言葉を飲み込むようにして「すみません」と声が漏れた。
「え?いや…好きな人…うん、まあ、前からいるっていうか、まあ、うん…。いや、俺からは言えないじゃん」
エリックが困ったようにそう言った。
椅子の背にもたれながら、目線を上に逸らし、言葉を選ぶように指先を軽く動かしている。
やっぱり、ギルツハークには好きな方ができたんだ。




