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婚約者に嫌われているようなので私も別の恋を探してみようと思います  作者: 西園寺百合子


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18/50

18 なぜか婚約解消となってしまった

「ギルツハーク様、婚約を解消いたしましょう」

ディアにそう言われて、混乱した。

その言葉が耳に届いた瞬間、世界がわずかに歪んだような感覚に襲われる。

目の前にいるディアの姿は確かに見えているのに、その声だけが妙に遠く感じた。


婚約を解消。

解消?

まさか、本気なのか?

冗談ではなく?

そう思いたいのに、ディアの表情は冗談を言っているものではなかった。


呆然として立ち尽くす。

言葉を返そうとしても、何を言えばいいのかわからない。

引き止めるべきなのか。

理由を尋ねるべきなのか。

それとも、まず謝るべきなのか。

思考だけが空回りして、口はまるで動かなかった。


俺はただ、君を大切に思っていただけなのに、何がどうして…

心の中で何度もそう叫ぶ。

危ない目に遭わせたくなかったし、軽々しく誰かに近づいてほしくなかった。

大切だからこそ、守りたかった。

だが、それがなぜこんな結果になる?


クラウディアは静かに礼をして、その場を去っていった。

その後ろ姿を、俺は追うことすらできなかった。

足が地面に縫いつけられたように動かない。

ただ呆然と、その小さくなっていく背中を見送るしかなかった。


教室の席に戻って力なく座ると、エリックが話しかけてきた。

椅子の背もたれに片肘をかけ、こちらを覗き込むようにしている。

「クラウディア嬢、なんだって?」

一応、心配してくれているのか。

その軽い声に救われるような気がして、視線を上げる。

けれど、口を開くだけでも胸が苦しい。


「婚約を、解消された…」

それを伝えるだけでいっぱいだった。

肩から力が抜け、机に肘をついて俯く。

自分が今どんな顔をしているのか、考えたくもなかった。

エリックは心配して何かを言ってくれたけど、全然入ってこない。

慰めなのか、励ましなのか。

耳には届いているのに、意味として頭に入ってこなかった。


その日はずっと、何も考えられずにいた。

授業の内容も、教師の声も、周囲のざわめきも、何もかも遠い。

ただ胸の奥にぽっかりと穴が開いたようで。

そこから何か大切なものが、全部抜け落ちてしまった気がした。


帰宅すると、両親から何があったのか尋ねられた。

食卓につくなり、母がこちらを見つめる。

「ギルツハーク、婚約解消の件、あなたも聞いたのでしょう?」

そう言われて、ギクッとした。

父も珍しく真面目な顔をしている。

「何があったんだ?」

そう言われて、2人を見つめた。


何って…何があったんだろう。

俺のほうが聞きたいくらいだ。

自分でも理由がわからない。


「…ディアに、婚約解消を言い渡された理由は、わからない」

そう伝えると、両親はため息を漏らしていた。

なぜ婚約解消に至ったのか、本当に理解できていない。

理解、できないんだ。


翌日から、事態はさらに悪化していた。

学園に足を踏み入れた瞬間から、空気がおかしい。

廊下で視線が刺さるのを感じるたびに、妙な居心地の悪さが積み重なっていく。

ひそひそ声。

女子生徒たちの視線。

露骨に避けられる空気。


なぜか、俺が悪者になっている。


どういうことなんだ…ディアのためにしてきたことが全て裏目に出ている。

守ってきたつもりだった。

大切に扱ってきたつもりだった。

なのに、周囲から見れば違ったらしい。


「まあ、普通の反応だよ、これが。すっかり悪者になったよね、ギルツハーク」

エリックはそう言った。

窓際の光の中で肩をすくめ、呆れたように笑う。

「普通……?」

俺にはまるで理解できない。


俺がディアを無視したって?

「いやだって、男は寡黙で、背中で語るものだろ?」

自分では当然だと思っていた。

多くを語らず、必要な時だけ行動で示す。

それが誠実な男というものではないのか。


「それ、いつの時代の話だよ…じゃあなんで、デートに出かけなかったんだよ」

エリックにそう言われて、少し口ごもる。

「それはだって…あんな可愛い、天使みたいな子が町を歩いてみろ!どこの馬の骨ともわからない有象無象のやからに声をかけられるかもしれない…いや、そんな奴らの視界に入るだけで許せん!」


気づけば机に手をつき、立ち上がるような勢いで熱く語ってしまった。

胸の内に溜め込んでいた本音が、一気に噴き出す。

周囲の視線が一瞬集まり、エリックがため息をつく。

「お前さ、ほんとそれ、そのまんまでクラウディア嬢と話したほうがいいって」


エリックにそう言われて、ようやく椅子に座り直す。

熱くなった自分に少しだけ気まずくなる。

「俺だって普通に話したい。でも、ディアの前だと何を話したらいいかわからない。つまらないと思われたら…嫌だし」


本音だった。

嫌われたくなかった。

失望されたくなかった。

だからこそ、無難なことしか言えなかった。

結果として、それが一番悪かったのだとしても。


そう言うと、エリックがまた、ため息をついた。

天井を見上げるようにしてから、わざとらしく肩を落とす。


「じゃあ、プレゼントをあげなかったっていう話は?」

「ディアが俺にプレゼントを贈りたいって言うから。ディアにお金を出させるなんて嫌だったから…つい…」

男が好きな人に何かを買わせるなんて、できるわけがないと思ったのだ。

いや、思っている。

「ついじゃないよ。誕生日にも花束だけしか贈ってなかったんだろ?」


「指輪は、結婚するときに渡したかったんだよ…」

ぽそっと伝える。

それは、自分なりに特別な贈り物だと考えていた。

軽々しく渡したくなかった。


エリックが「ん?」と首をひねった。

「じゃあ、ネックレスでも贈ればよかったじゃないか。クラウディア嬢ならブローチでもいいだろうし」

そう言われた。

ネックレス…とは?

その単語に、本気で思考が止まる。


「お前、本当にアクセサリーに興味ないのな。クラウディア嬢もたまにしてるだろ。首の…」

エリックが首を指さす。

ディアの首。

ふっと、淡い日差しの中で、クラウディアの首元で、たよりなく揺れるアクセサリーを思い返していた。

たしかにときどき、何かをつけていた。

薄い光を受けて揺れるそれを、何度か見た気がする。


だが、正直そこまで深く考えたことはなかった。

「あれもアクセサリーなのか?…というか、あれは男が買ってもいいのか?」

納得しかけたけど、また別の疑問が浮かんで眉をひそめる。

男がアクセサリーを買うなんて、おかしいんじゃないだろうか?


「だから、お前のその感覚は誰からのなんだよ」

エリックがあきれている。

「なんで、もっと早く教えてくれないんだ…」

思わず頭を抱える。

知らなかった。

本当に、何も。


後悔しても、どうにもならない。

思い描いていた最悪の方向に話が進んでいる。

ディアとの婚約を解消させられてしまった。


俺は…どうしたらいいんだ。


視線を落としたまま、机の端を無意識に指で傷つけていた。

小さな傷がまるで、自分の未熟さそのもののようで、もう消えないんだと言われているような気がした。

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