16 プレゼントがない理由はわかります
婚約者からのプレゼントが花束だけだなんて、どれだけ愛されていないんだろう。
「プ、プレゼントはさておき、だ。誕生日はデートをするんだろ?」
クリスマスはデートをしないと伝えたからか。
「誕生日は」とアルベルトに言われて、本当に困ってしまった。
アルベルトは気をつかって聞いてくれているとわかったから。
テーブルの上で指先が少し迷うように動く。
嘘でも楽しい思い出があると言ったほうがいいかなと思ったけど、アルベルトに嘘をつく必要もない。
「ギルツハーク様は、お出かけが嫌いだから。毎年、我が家で…お茶を飲んで帰っていかれます」
デートで外に出かけたことはないと言うと、アルベルトがあきれていた。
「ディアは何歳の時に婚約したの?」
「…5歳です」
「じゃあ、それからずっと?誕生日は白い薔薇の花束で、クリスマスはケーキを食べるだけ?ろくにデートもしてない?それで、恋愛感情なんて生まれるわけないじゃないか」
アルベルトが、とても大きな声でそう言った。
肩を揺らしながら立ち上がるような勢いで、カフェの店内に響くように。
そんなに大きな声で言わなくても、と思っていたら、私の後ろの席からギルツハークの声がした。
「そんなことはない!」
そう言って、ギルツハークが立ち上がる。
椅子がきしむ音がして、空気が一瞬張り詰めた。
頭が混乱する。
アルベルトはそんなに大きな声を出す必要はないし。
どうして、ギルツハークがここにいるのかわからないし。
ギルツハークがいたことに驚いて、何も言えなくなってしまった。
視線だけがゆっくりと後ろへ向かい、その姿を認識するのに少し時間がかかった。
「いやいや、ギルツハーク。年頃の婚約者に、アクセサリーのひとつもプレゼントしないなんて、ナイよ?男としてナイ」
アルベルトはギルツハークがいることを知っていたんだろうか。
すごく自然に会話をしている。
まるで最初からそこに気づいていたような口ぶりだ。
「ディアもアレだと思ったけど、ギルツハークもかなり、アレだよ。っていうか、そもそもの原因はギルツハークじゃないか」
アルベルトがそう言って怒っているけど、アレって何?
…って、考えているところじゃなかったわ。
あまりにも突然すぎて、挨拶すらできていなかったことに気がついた。
「ギルツハーク様、偶然ですね。ギルツハーク様もカフェにいらっしゃることがあるなんて」
私がそういうと、ギルツハークがオロオロとして、咳払いした。
視線をわずかに逸らし、落ち着かない様子だ。
「そうなんだ。偶然、学園の隣だから偶然、カフェに来てみたら、偶然、ディアの後ろに座ったみたいだ」
そういうこともあるだろう。
ただ、私とカフェに来たことは1度もない。
おひとりではこうやって来ていたのね。
「デートをしないのは、あれだよ…」
話を戻したギルツハークが困っている。
困るくらいなら、戻さなければいいのに。
「…ギルツハーク様、大丈夫です。私、今ならわかりますもの」
私は胸の前でそっと手を重ね、言葉を落ち着かせるように息を整えてからそう言った。
視線はまっすぐにギルツハークへ向けたまま、できるだけ穏やかな声を意識する。
私がそう言うと、アルベルトが興味あり気に…
少し椅子の背に体を預けながら、口元を隠すようにしてニヤニヤしながら私を見ている。
「私なんかと街をふらふら歩いていて、想い人さんとうっかり出くわしてしまったら大変ですものね」
言いながら、私は指先をぎゅっと握りしめる。
視線だけは逸らさないようにして、ギルツハークの反応を見届けるつもりでそう伝えた。
ギルツハークが口を開けて私を見る。
「ディア…そうじゃないんだ」
ギルツハークがそう言って顔を青くしている。
額にうっすら汗が浮かび、いつもの落ち着いた表情が崩れているのが見えた。
図星をついてしまっただろうか。
「プレゼントをいただけなかった理由も、今ならわかりますから、ご安心ください」
私は一歩だけ前に出て、ゆっくりと姿勢を正す。
わざわざ言うことでもないけれど、これはけじめだ。
胸の奥が少し痛むのを押し込めながら続ける。
「好きでもない私なんかのために、お金も労力も使いたくなかったんですよね。花束をご用意するのも大変だったと思います。ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」
そう言って、ギルツハークの前に行く。
一度だけ深く息を吸い、視線を伏せてから頭を下げた。
「でも、もう、ケーキもプレゼントも必要ありません。クリスマスも誕生日も、どうか想い人さんとご一緒に楽しんでください。これまで、ありがとうございました」
言葉の最後は少しだけ震えたけれど、なんとか飲み込んで、丁寧に頭を下げた。
すると、ギルツハークがぷるぷると震え始める。
どうしたんだろうと頭をあげると、ギルツハークが私の肩に手を置いた。
触れた手が少し熱い。
「ディア、俺に…君が思うような想い人はいないんだよ」
低く、絞り出すような声でそう言われてしまった。
「え?…想い人は、いないのですか?」
また、私の予想は外れたようだ。
でも、ギルツハークに想い人がいないなら、どうして私と婚約を解消したいなんて言ったのかしら。
そう考えて、はっとした。
「…ディア?何を考えてるの?お願いだから、ひとりで考えないで、お、俺に聞いてくれないか?」
私の表情を見たギルツハークがそう言った。
肩を掴む手に少しだけ力が入る。
「私、わかってしまいましたわ」
私はゆっくりと顔を上げ、覚悟を決めるようにまっすぐ見つめてそう言うと、ギルツハークの顔が引きつった。
「ギルツハーク様は、ただ、私のことが嫌いだったんですね」




