15 花嫁修業での出来事を暴露します
花嫁修業の先生としては、かなり年配だったと思う。
でも、年齢を重ねても美しい人だった。
穏やかな微笑みを浮かべながらも、その瞳には厳しさがある先生だった。
私はその日、勇気を出して相談したのだ。
「先生、婚約者様のお気持ちがよくわからないのです」
紅茶を注ぐ手を止めぬまま、先生は静かに私を見た。
「どういうことですか?」
その声は、相談を受けるというより、授業の受け答えをしているようだった。
「ギルツハーク様は、あまり表情を変えられませんし、会話も少なくて……私、どう接するのが正しいのかわからなくて」
今思えば、私はかなり切実だった。
嫌われているのか、私が話しかけることが迷惑なのか。
それとも、ただそういう性格なのか。
ギルツハークのことが何もわからず、不安ばかりが募っていた。
けれど先生は、少しも驚かず、むしろ当然のことのように答えた。
「察しなさい」
あまりにも即答だった。
「…はい?」
それが、私の問いに対する答えだと思わず、聞き返してしまった。
思わず聞き返してしまった私に、先生は紅茶を一口飲んでから、落ち着いた声で続けた。
「婚約者たるもの、相手が何を伝えたいのか察することが大切です」
その言葉は、まるで昔から決まっている常識を諭すようだった。
「言葉にされる前に意図を汲み取り、必要以上に問いたださないこと。淑女として、殿方を煩わせてはいけません」
先生はいつものように、まっすぐに姿勢を正してカップに口をつけている。
「で、ですが…何を考えているかわからない場合は…どうしたら?」
私は恐る恐る尋ねた。
「それでも察するのです」
先生はふうっとため息をついて、わからないのかという顔をした。
「いちいち何を考えているのか相手に聞いてはいけません。未熟な妻ほど、殿方に説明を求めます」
その言葉に、表情に、私はただ頷くしかなかった。
そういうものなのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
「つまり、私の努力不足ってことですね…」
そう呟いた私に、先生は優雅に微笑んだ。
「その通りです」
今思い返しても、なかなか厳しい。
先生にそう言われたとき、父と母のことを思い出したものだ。
食事をしているときに「あれ」と父が言えば、さっと母がお塩を用意したり。
「あれだろ」と父が言うと、私には全く意味がわからないけど、母は「あれですね」と返していた。
先生の言うとおり、父のことを母はよく察しているように感じた。
ああいう関係になれということだと、その時の私は理解したのだ。
「ああ…それは。その先生が…あれだね」
私の話を聞いたアルベルトがそう言って苦笑している。
ふと、視線を下におろした。
「サンタクロースにトナカイか」
私が刺繍しているものがわかったようでよかった。
「もうすぐクリスマスマーケットがあるから、そこで無料で配るポーチを作るお手伝いをしてるんです」
私の趣味が刺繍だと知っている友達の1人に頼まれたものだった。
机の上にはいくつか完成品が並んでいる。
「へえ。クリスマスマーケットに行くと、これがプレゼントでもらえるんだ。俺も行こうかな」
アルベルトがそう言って笑った。
その横顔はどこか気楽で、カフェの柔らかな光に照らされていた。
「クリスマスと言えば、ギルツハークとはどこかに出かけるの?」
そう尋ねられて、少し困る。
刺繍の手を一瞬止め、視線だけを上げる。
答えを探すように少しだけ間を置いた。
「ギルツハーク様とは毎年どこにも行かないので。今年も行かないと思いますよ」
むしろ、今年は当然、行かないだろう。
今年は会うことすらないかもしれない。
「え?クリスマスなのに?」
アルベルトが驚いている。
椅子の背にもたれたまま、目を見開いて身を乗り出した。
「クリスマスは毎年、私の家でクリスマスケーキを食べて…解散です」
そう伝えると、アルベルトが目を丸くした。
「いや…いや、え?クリスマスデートは?プレゼント交換とか…」
両手を広げて、信じられないと言いたげに首を振る。
「ギルツハーク様は出かけるのが苦手みたいで。普段から外でデートはしないんです」
私がそう言うと「プレゼントは?」と尋ねる。
アルベルトは身を乗り出したまま、次の言葉を待つように私をじっと見ていた。
「1度、贈ろうとしたことがあったんですけど。クリスマスのプレゼントは子どもがもらうものだからと断られてしまって。ギルツハーク様にいただかないのに、私がおねだりするのは…ちょっと…」
「いや、おねだりなんてしなくても…婚約者にクリスマスプレゼントも渡さないなんて」
アルベルトがそう言って、私の代わりに怒ってくれた。
ちょっとだけ救われたような気持になった。
アルベルトはいい人だ。
「でも、プレゼントはもらったことがあるんだろ?」
アルベルトに尋ねられて、ギルツハークからもらえる花束のことを伝えた。
「ええ…誕生日に白い薔薇の花束を…毎年」
毎年贈ってもらえる花束。
花に罪はないけれど。
ギルツハークから「はい」とだけ言われて。
義務のように渡される花束のことを思い出して胸が苦しくなった。
「ん?…花束、と?」
アルベルトが続きを促すようにじっと見つめてくる。
「花束…だけです」
そう言って、うつむく。
視線をカップの縁へ落とし、指先が少しだけ動いた。
小説で読んでいるから、プレゼントが花束だけなんてありえないと知っている。
本当は…本当に、ずっと前から、それが不自然だということは気づいていた。
でも、気がつかないフリをしていたんだ。




