導体の拡張と、傲慢なる炎
旧坑道での戦いから、約一ヶ月が経過した。
王都の冒険者ギルドに併設された修練場で、ハヤトは上半身裸のまま、汗だくで鎖分銅を振り回していた。
「踏み込みが浅い! 鎖の遠心力に体が振り回されてるぞ!」
「はいっ!」
ガルドの容赦ない檄が飛ぶ。
ハヤトは歯を食いしばり、大地を強く踏み締めて鎖の軌道を修正した。
一ヶ月前、勇者パーティから追放されたばかりの頃のハヤトを見知っている者が今の彼を見れば、誰もが我が目を疑うだろう。
あばら骨が浮いていた胸板には、薄くもしなやかな筋肉が張り付き、細かった腕には太い血管が力強く隆起している。
ミナによる厳格な栄養管理──大量の肉、卵、チーズの摂取──と、ガルドの過酷な物理トレーニングの成果だった。
それに伴い、十四歳程度に見えていた身長も急激に伸び、今ではミナの背丈を優に越し、リアナと並ぶほどになっている。
「よし、今日はここまでだ」
「はぁっ、はぁっ……ありがとうございました」
ハヤトが鎖を下ろして息を整えていると、見学していたミナがタオルと水筒を渡してくれた。
「お疲れ様です、ハヤト君。……また筋肉の付き方が変わりましたね。昨日支給されたばかりの革鎧、もう肩回りが窮屈なんじゃないですか?」
「あー……うん。ちょっと胸当てが息苦しいかも」
苦笑いするハヤトの視界の端で、半透明の『電気回路入門』がパタパタとページを揺らした。
『素晴らしい成長じゃ、マスター。生体回路の導線が太く、強靭に拡張されておる。これでようやく、次なる法則をインストールする準備が整ったというものじゃ』
「次の法則……?」
ハヤトが心の中で問い返すと、ARの空間に青白い図形が展開された。
崖の上から水が流れ落ちるような、アニメーションの図解。
『第3章、電界と電位じゃ。水が高いところから低いところへ流れるように、電気もまた“電位”の高い場所から低い場所へと流れる』
『お前の静電気で空間に“見えない高低差(電位差)”を作り出せば、敵の攻撃のベクトルをより自由自在に誘導し、逸らすことが可能になるのじゃ』
(見えない高低差……)
ハヤトは自身の掌を見つめ、静電気の新たな可能性に胸を鳴らした。
だが、その力学の真理を、全く別の形で痛感する出来事が、すぐ翌日に待ち受けていた。
◇
翌日、ハヤトたち四人は王都近郊の『迷いの森』へと足を踏み入れていた。
近頃、森の魔物たちが異常な凶暴化を見せているというギルドの調査依頼だ。
「ハヤト、反応はどうだ?」
「少し待ってください。《荷電感知》、展開します」
ハヤトは目を閉じ、森の空気に微弱な静電気の網を広げた。
拡張されたハヤトの回路(肉体)は、以前よりも遥かに広く、深く、ノイズを拾い上げる。
──その直後。
ハヤトの網膜を、強烈な「赤い閃光」が焼き切らんばかりに刺激した。
「なっ……!?」
「どうした、ハヤト!」
「ガルドさん、前方五百メートル! 凄まじい規模の魔力反応です! 何かが、森ごと燃やそうとして──」
ハヤトの叫びを遮るように、ズドォォォォォンッ!! という鼓膜を破るほどの爆発音が森を揺らした。
少し先の木々が熱風で薙ぎ倒され、空に向かって真っ赤な炎の柱が立ち昇る。
「あんな規模の炎、自然発生じゃない! 急ぐぞ!」
ガルドを先頭に、四人は爆発の中心地へと駆け出した。
開けた森の広場に辿り着いたハヤトたちは、そこで信じられない光景を目にする。
「消し飛びなさい、下等な汚物どもッ!」
燃え盛る炎の中心で、凛とした声を張り上げている一人の少女がいた。
年齢はハヤトと同じくらい。長く美しい銀髪と、冒険者には似つかわしくない、金糸の刺繍が施された豪奢なドレスアーマー。
彼女の杖の先から放たれた極大の火炎が、群れを成していた大型のオークたちを、周囲の木々ごと一瞬で灰に変えていく。
「すごい……なんて火力だ。あれは、高位の貴族の火術士か?」
リアナが圧倒されたように呟く。
確かに、炎の威力だけを見れば、ハヤトを追放した勇者パーティの雷魔術師すら凌駕しているかもしれない。
しかし。
『……ふん。馬鹿げた魔法じゃ』
視界の端で、教授が心底呆れたように吐き捨てた。
ハヤトもまた、展開したままの《チャージ・センス》を通して彼女の魔法の『回路』を視て、無意識に眉をひそめていた。
(ひどいな……これ)
ハヤトの目には、炎の熱さよりも、その『構造の欠陥』がはっきりと見えていた。
彼女の放つ魔法は、出力こそ異常に高いが、標的であるオークに命中する前に、エネルギーの約八割が空中の水分や空気に拡散してしまっている。
電気工学で言えば、絶縁処理が全くされていない剥き出しの高圧線を振り回しているようなものだ。
「出力のほとんどが熱損失(漏れ電流)として逃げてる。……燃費が悪すぎる」
ハヤトは思わず、エンジニアとしての本音をぽつりと呟いた。
爆発音と炎が収まり、静寂が戻りつつあった森の中で、その声はハッキリと響いてしまった。
「……なんですって?」
ピタリ、と。
銀髪の少女が振り返り、ハヤトを氷のように冷たい視線で射抜いた。
その瞳には、高位貴族としての強烈なプライドと、自分の魔法を侮辱されたことへの怒りが燃えたぎっていた。




