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熱損失(漏れ電流)と、吸血の森

「……なんですって?」




ピタリ、と。

銀髪の少女が振り返り、ハヤトを氷のように冷たい視線で射抜いた。

その瞳には、高位貴族としての強烈なプライドと、自分の魔法を侮辱されたことへの怒りが燃えたぎっていた。




「もう一度言いなさい、平民。私の『聖なる炎』が、なんだって?」




「おい、ハヤト……相手は貴族だぞ」




ガルドが小声で制止するが、ハヤトは少女の威圧感に怯むことなく、まっすぐに彼女を見返した。

ミナの食事管理とガルドの訓練によって鍛え抜かれた今のハヤトには、以前のような弱々しさは微塵もない。




「……あなたの魔法は、標的に命中する前に、熱が周囲の空気に逃げすぎていると言ったんです」




ハヤトは、見えたままの事実(物理法則)を淡々と口にした。




「あれだけ広範囲に炎を拡散させれば、当然、エネルギーの大半は空気を温めるだけの無駄なロスになります。魔力のベクトルを一点に絞り、逃げ道を塞げば、今の五分の一の出力で同じ威力を出せるはずだ。……ひどく燃費が悪い」




「なっ……!?」




少女は絶句し、顔を真っ赤にして杖を握り直した。




「ば、馬鹿馬鹿しい! 魔法の威力は、注ぎ込む魔力の絶対値で決まるものです! ベクトルだの燃費だの、魔力を持たない無能な平民の戯言よ!」




魔法というブラックボックスを信仰するこの世界において、彼女の反応は極めて標準的だった。

圧倒的な魔力こそが神からのギフトであり、それを「効率」や「構造」で評価するなど、彼女たちの常識には存在しない。




「セレスティア様! こちらにいらっしゃいましたか!」




険悪な空気を切り裂くように、森の奥から軽装の騎士が駆け寄ってきた。




「どうしたの、騒々しい」




「申し上げます! 対立するルーベン卿の私兵団が、すでに東エリアの魔物を一掃したとのこと。このままでは、森の異変を解決した功績はすべてルーベン派のものに……」




「チッ……あのハイエナども、また私たちの手柄を横取りする気ね!」




セレスティアと呼ばれた少女は忌々しげに舌打ちをした。




「私が行くわ。この森を狂わせている元凶『吸血蔦の群生核』を、私の最大火力で灰にして差し上げます」




「お、お待ちください! あの魔物は魔法を──」




騎士の制止を振り切り、セレスティアはドレスアーマーを翻して、単独で森の最深部へと駆け出していった。

後に残されたハヤトたちは、顔を見合わせた。




「……やれやれ。貴族様の派閥争いってやつか。俺たち冒険者が首を突っ込む問題じゃねえな」




ガルドが肩をすくめる。

だが、ハヤトの網膜に投影された『電気回路入門』のARが、不吉な赤い警告音を鳴らしていた。




『マスター。あの小娘、最悪の相性の敵に突っ込んでいったぞ』




(最悪の相性?)




『左様。お前の《チャージ・センス》で、森の奥のノイズをよく視てみい』




ハヤトは目を閉じ、再び森の奥へと静電気の網を広げた。

先ほどまでセレスティアが放っていた強大な炎の魔力残滓。

それが、森の最深部に向かって「掃除機で吸い込まれるように」急速に収束していくのが視えた。




「……魔法のエネルギーが、吸われてる?」




『いかにも。あの元凶の植物は、魔法のエネルギーを直接食らって肥大化する“生体バッテリー”じゃ。あんな漏れ電流だらけの無駄な炎を撃ち込めば、敵に最高級のエサを与えるようなもの』




ハヤトは目を見開き、ガルドを振り返った。




「ガルドさん! あの貴族の女の子、死にますよ!」




「なんだと?」




「あの『吸血蔦』っていう魔物は、魔法を吸い取って成長する性質があるみたいです! あんな特大の炎を撃ち込んだら、敵を巨大化させて、魔力切れで殺される!」




ハヤトの切迫した声に、ミナとリアナも息を呑んだ。




「チッ……! 貴族の直系がこんな森で死んだら、ギルドにどんな飛び火が来るか分からんぞ」




ガルドは大盾を背負い直し、舌打ちをした。




「行くぞ! ハヤト、お前のレーダーで最短ルートを割り出せ!」




「了解!」




ハヤトは地面を蹴り、森の深部へと走り出した。

彼の右腕には、冷たい鉄の『鎖分銅』がしっかりと巻き付いている。

魔力で力押しするだけの愚かな炎を、どうやって救うか。

ハヤトの脳内で、戦場をコントロールするための『回路設計図』が、猛烈なスピードで組み上げられていく。











鬱蒼とした木々が途切れ、すり鉢状になった森の中心地。

そこに辿り着いたハヤトたちが目にしたのは、絶望的な光景だった。




「あ、ぁぁ……嘘、どうして……!」




セレスティアが、泥だらけになって地面にへたり込んでいた。

彼女の誇っていた魔法の杖は無惨にへし折られ、周囲を無数の太い『蔦』が蠢いている。

蔦の中心には、巨大な心臓のように脈打つ『群生核』が鎮座していた。

そのサイズは、本来の討伐記録にある大きさの優に三倍。

セレスティアの放った強大な炎魔法をすべて吸収し、異常成長を遂げていたのだ。




「魔力が、もう……練れない……」




魔力を吸い尽くされたセレスティアは、恐怖で完全に硬直していた。

巨大な蔦の一本が、獲物を串刺しにしようと、槍のように鋭く先端を尖らせて振り上げられる。




「いやぁぁぁっ!」




少女が悲鳴を上げて目を閉じた、その瞬間。




「──遅いッ!」




森の木々を縫うように、一条の銀閃が飛来した。

ハヤトの放った鎖分銅だ。

重りはセレスティアを通り越し、彼女の背後にある巨大な樹木の幹にガッチリと巻き付く。

ピンッ、と張られた鉄の鎖。

それが、セレスティアと迫り来る蔦の間に、一本の物理的な『ライン』を引いた。




『今じゃマスター! 見えない坂(電位差)を作り出せ!』




「わかってる! 《エレキ・シフト》ッ!」




ハヤトは鎖を握りしめ、最大出力の静電気を流し込んだ。

鎖全体が青白い電場を帯びる。

振り下ろされた巨大な蔦が、セレスティアを貫く直前で、鎖から発生した強烈なクーロンの斥力(見えない坂道)に衝突した。




ドゴォォォォンッ!!




蔦の軌道がぐにゃりと右に逸れ、セレスティアのすぐ横の地面を深く抉り取った。




「え……?」




信じられないものを見る目で、セレスティアが顔を上げる。

そこには、自分を「平民」と見下していた少女を庇うように立ち塞がる、ハヤトの頼もしい背中があった。




「燃費の悪い炎の次は、魔力切れで泣きっ面ですか」




ハヤトは鎖を構え直しながら、皮肉げに口の端を吊り上げた。




「魔法の出力で勝てないなら、俺がシステムごとバグらせてやる」




理系タンクと暴走する魔法の植物との、絶望的な防衛戦が始まった。

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