Aランクの証と、四極の包囲網
古の魔竜討伐という前代未聞の事件から、一週間が経過した。
王立ルミナス魔法学園は、破壊された闘技場や結界の修復作業に追われつつも、徐々に日常を取り戻し始めていた。
そして今日。
ハヤトは、新しく支給された真新しい制服の胸元を、どこかむず痒い気持ちで見下ろしていた。
そこには、金色の糸で刺繍された『A』のエンブレムが輝いている。
Fランクの落ちこぼれとして、誰からも見下されていた彼が、魔竜討伐の功績と圧倒的な実力を認められ、特例で学園の最高階級である「Aランク」へと一気に昇格を果たしたのだ。
「……なんか、まだ実感が湧かないな」
ハヤトが苦笑いしながらエンブレムに触れていると、背後からポンッと肩を叩かれた。
「似合ってるじゃない、ハヤト! これでアタシたちと完全に肩を並べたね!」
振り返ると、健康的な褐色の肌に獣耳を揺らす土の天才、テラがニカッと笑って立っていた。彼女の胸元にも、ハヤトと同じAランクのエンブレムが輝いている。
「ありがとう、テラさん。でも、Aランクの授業についていけるか少し不安ですよ」
「あははっ、魔竜をワンパンで沈めた奴が何言ってんだか! 分かんないことがあったら、アタシが身体で直接教えてあげるからさ!」
テラが冗談めかしてハヤトの腕に自分の豊かな胸を押し付けながら笑う。
その時、廊下の反対側から、凍りつくような冷たい風と、静かな波の音が同時に押し寄せてきた。
「……ちょっと、テラ。朝っぱらからハヤトにベタベタくっつかないでくれる? 不潔よ」
「そ、そうですっ! ハヤト君が困っていますっ!」
腕を組み、不機嫌そうに目を吊り上げたエルフのシルフィと、顔を真っ赤にしながらぽかぽかとテラの背中を叩く人魚族のアクアだった。
「なんだよ二人とも〜、羨ましいの? ハヤトは今や学園の英雄なんだから、早い者勝ちだろ?」
「なっ……! だ、誰が羨ましいなんて言ったのよッ! こいつは私のライバルだから、変な虫がつかないように監視してるだけよ!」
「わ、私はっ、ハヤト君と同じAランクになれたお祝いを言いたくて……その……」
シルフィが顔を真っ赤にしてそっぽを向き、アクアがもじもじと指を絡ませる。
廊下を行き交う他の生徒たちが、四極の三人に囲まれているハヤトを見て「いいなぁ……」「俺も雷魔法練習しようかな……」と羨望の眼差しを向けていく。
Fランク時代に受けていた蔑みの視線とは真逆の反応に、ハヤトは少しだけ冷や汗を流した。
「おはよう、ハヤト」
そこへ、ふらりと現れたのは、分厚い魔導書を抱えた闇の天才・ノクスだった。
彼女は他の三人には目もくれず、スッとハヤトの目の前まで歩み寄ると、彼の胸元のAランクのエンブレムを指先でツンと突いた。
「よく似合ってるわ。……で、いつ私の部屋に来てくれるの?」
「「「……は?」」」
シルフィ、テラ、アクアの三人の動きがピタッと止まり、凄まじい威圧感が廊下を支配した。
「ちょ、ノクスさん!? 言い方!」
ハヤトが慌てて訂正しようとするが、ノクスはクーデレな表情を崩さずに言葉を続ける。
「だって約束したじゃない。魔竜騒動で延期になっていたけれど、あなたの頭の中にある『理屈』を、私に全部教えてくれるって。図書室の奥で、二人きりで……」
「図書室の奥で!? 二人きり!?」
シルフィの髪が逆立ち、周囲に小さな竜巻が発生し始める。
「ノクス、あんた抜け駆けは許さないよ!?」
テラが獣耳を逆立てて威嚇する。
「ハヤト君……図書室で、ノクスさんと何を……?」
アクアの目に、ハイライトが消えた暗い光が宿り始める。
「違うんです! 魔法の概念について話し合うだけで、やましいことなんて何も――!」
ハヤトの必死の弁明は、完全に嫉妬モードに入った美少女たちの耳には届かなかった。
魔竜という世界の危機は去ったが、ハヤトの学園生活は、以前よりも遥かに騒がしく、そして危険なものへと変貌していた。
「――ふふっ、元気そうね、私の可愛い教え子」
その頃。
王立ルミナス魔法学園の学園長室のソファに、優雅に脚を組んで座る一人の美女の姿があった。
ハヤトから物理の理屈を奪い、ルミナス学園へと放り込んだ張本人。大魔道士ステラである。
「まさか、たった数ヶ月で『思考封じの呪い』の抜け道を自力で見つけ出し、魔竜まで討伐してAランクに登り詰めるとはね。予想外の成長スピードだわ」
ステラは、机の上に置かれたハヤトの調書を指先でなぞりながら、妖艶な笑みを深めた。
「でも、ここからが本番よ。ハヤト。……あなたが本当に『魔法の理』を極めたとき、この世界に隠された最大の嘘を知ることになるわ。それまで、せいぜいあの可愛いお嬢ちゃんたちと青春を謳歌しなさいな」
ステラの瞳の奥に、かつてハヤトに見せたのと同じ、底知れない企みの光が妖しく揺らめいていた。




