夜の図書室と、闇の天才ノクス
学内ランキング戦の準々決勝で風の天才シルフィを打ち破ったハヤトは、一夜にして学園の『伝説』となった。
「ハヤト君! 次も頑張ってね、応援してるから!」
「あ、あの! これ、私のお弁当なんだけど、よかったら……っ!」
翌日の放課後、ハヤトは廊下を歩くだけで大勢の女生徒たちから黄色い声援を浴び、男子生徒たちからは嫉妬と畏怖の混じった視線を向けられていた。
Fランクの落ちこぼれとして蔑まれていた日々から一転、信じられないほどの掌返しである。
「ちょっと、あんたたち! ハヤトに馴れ馴れしく近づかないでよね! こいつは私のライバルなんだから!」
「シ、シルフィ……顔真っ赤だよ。アタシだってハヤトと一緒にいたいし!」
「あ、あの、ハヤト君……。これ、特製の回復薬、です……っ」
さらにハヤトを困惑させていたのは、シルフィ、テラ、アクアの四極の三人が、休憩時間のたびにハヤトの席に集まってくることだった。
学園のアイドルである三人から熱烈なアプローチを受ける状況は、男子生徒たちからすれば「殺意」を抱くに十分すぎる理由だった。
「ご、ごめん三人とも! ちょっと調べ物があるから、図書室に行ってくる!」
ハヤトは居たたまれない空気から逃れるように、逃げるように教室を飛び出した。
「ふぅ……。魔法を掴めたのは嬉しいけど、これはこれで疲れるな……」
ハヤトが逃げ込んだのは、学園の奥にある古い大図書室だった。
夕闇が迫り、薄暗くなった図書室には人気がなく、静寂が支配している。魔法の歴史や古い文献が並ぶこの場所は、騒騒しい日常から切り離された聖域のようだった。
「えっと……魔法の『概念固定』に関する本は……」
ハヤトは本棚の間を歩きながら、背表紙を目で追っていった。
すると、一番奥の薄暗い区画で、カタカタと木製の高い梯子が揺れる音が聞こえた。
見上げると、三メートルほどある梯子の一番上に、一人の少女が立っていた。
色素の薄い銀色の髪、透き通るような白い肌。そして、頭の両側から生えた小さな悪魔のような角。
彼女は、学園の四極の最後の一人――闇の魔法を極めた魔族の美少女『深淵のノクス』だった。
ノクスは分厚い魔導書を両手で抱え込み、さらに上の棚にある本を取ろうと背伸びをしていた。
しかし、彼女が体重をかけた瞬間、古くなっていた梯子の金具が「バキッ」という嫌な音を立てて外れた。
「……あっ」
ノクスが小さく声を漏らす。
梯子が大きく傾き、彼女の小柄な身体がバランスを崩して宙に投げ出された。
「危ないッ!」
ハヤトは咄嗟に地面を蹴り、ノクスが落下する真下へと滑り込んだ。
雷のクッションを張る暇もない。ハヤトは両腕を大きく広げ、落下してくる彼女の身体を直接受け止めにいった。
ドスッ!!
「うぐっ……!」
ハヤトは見事にノクスを腕の中にキャッチしたが、落下の勢いと抱えていた分厚い魔導書の重さで後ろに倒れ込み、本棚の隙間の床に背中から倒れ伏してしまった。
「いてて……。大丈夫ですか、ノクスさ――」
ハヤトが声をかけようとして、言葉を失った。
ハヤトは仰向けに倒れ、その上にノクスがうつ伏せで乗っかる形になっていた。
問題は、ハヤトの顔の位置だった。
ノクスの着崩れた制服の胸元が大きく開き、彼女の豊かで柔らかな双丘が、ハヤトの顔面に「むにゅっ」と完璧な形で押し付けられていたのだ。
「っ……!?」
テラの時と同じ、いや、それ以上に密着した状況。魔族特有の、どこか甘く、頭がクラクラするような蠱惑的な香りがハヤトの鼻腔を満たした。
ハヤトはパニックになり、慌てて顔を背けようとしたが、ノクスは身じろぎ一つしなかった。
「……柔らかい?」
ノクスは、ハヤトの顔に胸を押し付けたまま、感情の読めないクーデレな瞳で彼を見下ろした。
シルフィのように悲鳴を上げて殴ってくるわけでもなく、アクアやテラのように顔を真っ赤にして恥じらうわけでもない。
ただ、冷たく静かな瞳で、ハヤトの顔をじっと観察している。
「あ、いや、その! わざとじゃなくて、落ちてきたから助けようと……!」
「知ってる。……ありがとう」
ノクスは淡々と告げると、ようやくゆっくりと身体を起こした。
ハヤトがホッとして立ち上がろうとした瞬間、ノクスはスッと顔を近づけ、ハヤトの額に自分の額をコツンと当てた。
「え……?」
「動かないで。……やっぱりね。あなたの魔力の奥底に、ひどく歪で、窮屈な『呪い』の痕跡がある」
ノクスの言葉に、ハヤトは息を呑んだ。
「どうして、それを……」
「私は闇の魔法使い。目に見えない深淵を覗くのが得意なの」
ノクスはハヤトから離れると、床に落ちた魔導書を拾い上げ、パタンと埃を払った。
「あなた、本当はもっと別の『理』を持っていたはずよ。それを誰かに封じられて、今の魔法を無理やり学ばされた。……面白そうね。あなたのその呪いの奥にあるもの、私が暴いてあげるわ」
ノクスは薄く、妖艶な笑みを浮かべた。
これまで誰にも興味を持たなかった闇の天才が、初めて一人の少年に強い執着を見せた瞬間だった。
夜の図書室で、ハヤトは四人目の天才美少女と、予想外の形で深く交わることになったのだった。




